ビタースウィートメモリー
次の月曜日に一緒にランチに行く約束をして、連絡先も交換し、新しい友達が一人増えた喜びを噛み締めていたその時だった。
リビングのドアが開き、ふわりとシトラスが香った。
「ごめん、遅くなった」
赤みがかった焦げ茶色の髪をワックスで整え、やけに肌の色が白い、整った顔立ちの男性が入ってきた。
シルバーのフレームの眼鏡が理知的な雰囲気を作るが、笑顔と声がとても穏やかで親しみやすい雰囲気だ。
「遅いじゃねーか、吉田」
「渋滞に巻き込まれたんだ。お詫びにこれ、手土産を奮発したから」
よっぽど良い手土産だったのか、玄関側のテーブルは賑やかだ。
社内の人間ならそれなりに知っている悠莉だが、この吉田という男は知らなかった。
「吉田遅い。もうほとんど料理なくなっちゃったよ」
「佐々木さんもいらしていたんですね」
こちらに近づいてくる彼と不意に目が合う。
黒曜石のような、混じりけのない真っ暗な瞳だ。
その色の深さに意識を持っていかれそうになるが、大地のおかげで美形に慣れるのは早い悠莉だ。
瞬時に、爽やかさを意識した笑顔を作る。
「営業部営業一課の青木悠莉です。はじめまして」
堂々と差し出した右手に、吉田は力強い握手で応えた。
「営業部広報課の吉田克実です。佐々木さんの後輩で、高橋とは同期です。青木さんのご活躍は存じておりますよ」
「活躍……ですか」
確かに去年はかなり忙しかった。
しかしだいたいは思いつきから始まり、準備はいつもギリギリだったことを思い出し、苦笑いするしかない。
「コスメブラックとの契約をもぎ取ってきたのがまさに活躍でしょう」
「たまたまです。それに大口の契約は二つだけで、あとは細々としたものばかりで」
「あとはアメリカのドラッグストアからも契約取ってましたよね。確か……名前が出てこない」
「Herbalですね。もともとあたし幼稚園までアメリカで育っていまして、いわゆる帰国子女ってやつだったんですよ。高校の時に一年、大学の時も一年留学していたんです。こういう商品があったら便利だな、って思ったものがけっこうあったので、思いきってプレゼンしてみたんです」
それが会議で大ウケし、あれよあれよという間に商談の段取りが進み、営業部の中でもっとも英語が堪能ということと発案者ということで、悠莉自身がアメリカまで商談に赴くことになった。
入社三年目にしてあり得ない快挙である。