ビタースウィートメモリー
「見たところ、それだけじゃ満足していないようだ」
吉田の発言に思わず悠莉は鼻で笑った。
「現状に満足すれば停滞する。仕事だけじゃなくて、なんだってそうでしょう」
「次の狙いは?」
「中国か東南アジア。まだまだ食い込む余地があるし、すでに売り込みたい商品はピックアップしていて……」
目を爛々と輝かせながら、どこに何を売りたいか熱く語ろうとした悠莉だが、佐々木が口にシュークリームを突っ込んできたことで、話しは強制的に終わった。
「もう!なんで会社を出たあとも仕事の話をずーっとしないといけないのよ!吉田、あんたも煽らないの」
どうやら佐々木はプライベートに仕事を持ち込みたくない人間のようだ。
悪いことをしたな、と頭をかく悠莉だが、吉田のほうは楽しみを取り上げられた子供のようだ。
「青木さん、良かったら連絡先教えてください」
急いでシュークリームを飲み込み、悠莉はポケットからスマホを出した。
「良かった、あたしも同じこと言おうと思ってて」
「嬉しいよ。俺、青木さんけっこうタイプかも」
からかうように笑う吉田はどこか艶めいていた。
チャラいなこの男、と内心引いてしまうが、仕事の話しに食い付きがいいのは嬉しい。
「そっすか。あたしはあんまり吉田さんタイプじゃないですけどね」
「ふーん。いつも一緒にいるお友達のほうが好み?小野寺くんだっけ」
「いや、あれはもっとない。というか、タイプを語れるほど恋愛経験ないし、そんなに興味ないんです。仕事が恋人なんで」
昔は、恋愛に興味を持てない自分はどこかおかしいのかもしれないと悩んだりもした。
今でもたまに、悩むことはある。
「青木さん、けっこう綺麗な顔立ちなのにもったいないね。背も高くてスタイルだっていいのに」
しみじみと残念そうに言う佐々木の薬指に指輪があることに気づいたのは、たった今だ。
「本当にもったいないな」
そう言う吉田は、ついさっきまでと纏う空気が違っていた。
その変化が何かわからないほど、悠莉は鈍感ではなかった。