ビタースウィートメモリー
「っていうか、小野寺君まったく関係ないけど、悠莉はもうちょっと自分の言動に気を配りなよ。黙っていれば美人なんだからさ」
あ、出た、女子力戦士美咲の説教。
入社してから再三言われていることだが、どうもやる気スイッチが入らない分野である。
「誰か好きな人でもいればなー……ちょっとはやる気出そうなんだけど」
最後に彼氏がいたのは10年前、高校二年生の時である。
いつの間にか世間に出現していたセカンドバージンという言葉は、まさに自分のためにあるようなものだと悠莉は思っていた。
「ねえ、小野寺君と付き合おうと思ったことないの?あんなに仲良いんだからさ」
グロスを塗りなおしながら美咲はちらりと悠莉を見た。
が、すぐに視線は手鏡に戻る。
「まったくないわ。お互いに恋愛対象外だし、あいつとは10年の付き合いだから家族みたいなんもんだしさ」
「確かに、そんなに長く友達やってると今さら付き合うとか想像出来ないよね」
悠莉が初めて小野寺大地と出会ったのは、高校二年生の時であった。
同じクラスで、仲の良いグループが被っていたため、たまに遊ぶことはあったが、そこまで深い付き合いはなかった。
地元から離れた県の大学に進学した時に、たまたま同じ学部だったことから仲良くなるも、東京での就職が決まった時にはもう中々会わないだろうと覚悟したものだ。
ところが、蓋を開けてみれば就職先まで一緒である。
運命だなんてロマンチックな言葉は似合わないが、何か奇妙な縁でもあるのだろう。
こうして10年間、完全なる友達ポジションで悠莉は大地の傍らにいた。
おかげで、歴代彼女はだいたい名前と顔を知っている。
「まあ、彼氏いなくたって死にはしないよ。稼ぎだってそこそこあるしね」
帰省するたびに早く結婚して孫の顔を見せろと親にせっつかれていたが、去年年収が600万を越えたのを報告してからはその声はパタリと止んだ。
代わりに最近は、老後に備えてちゃんと蓄えなさいと言われている。
結婚しなければならないプレッシャーから解放された今、悠莉としては、彼氏は欲しいが深い付き合いはしたくないというのが本音であった。
「もう、まだ27なのになんでそんなに無気力なのよ」
すっかり呆れた表情の美咲であるが、そういう彼女も今のところ彼氏はいない。
あたしのことは良いから自分のことを考えろ、と内心で言っておく。
実際に口にしたらその何倍もの説教が帰ってくるとわかっているから、絶対に言わないが。