ビタースウィートメモリー
「青木さん、俺のこと警戒し過ぎ」
高橋の家を出たとたんにクスクス笑い出す吉田は、さっきとは違った印象である。
大人っぽさは薄れ、どこか子供のような笑顔だ。
「今そんなに恋愛したい気分じゃないんで、どうしても敏感になるんですよねぇ。自意識過剰ですみません」
遠回しにアプローチをしてくるなと伝えれば、しっかりとその意図は伝わったらしい。
わかった上で、吉田は挑戦的な態度を崩そうとしない。
「うん、それはわかってる。無理にアプローチしようとはしないよ。それに、青木さん相手じゃ一般的な手法は効かなそうだ」
執着は知らしめるが、潔く引いたその姿勢は嫌いではない。
悠莉が防御にまわる前に切り込む手口も鮮やかだ。
おそらく、それなりに恋愛経験を重ねて学習と技術を積み重ねてきたのだろう。
諦めてもらうには手強い相手だと、認めざるを得ない。
「まあ、異性としての魅力は置いておいて、俺は青木さんの仕事ぶりにも魅力を感じている。仕事の話しをしている時はすごく楽しそうだったし、本当はもうちょっとしゃべりたかっただろう?だからまた改めて、飯でも行こう」
「そうですね、仕事の話しをしている時は楽しかったかもしれませんね」
大地ほどではないが、悠莉もかなりプライドの高い人間である。
吉田と話した時間は楽しかったかもしれないが、その物言いにカチンときて、楽しいと思ったことを否定したくなった。
声に苛立ちを混ぜて、棘のある言い方をすれば、吉田は悠莉が機嫌を悪くした理由を瞬時に察した。
「ごめん、調子に乗った。楽しかったのは俺。よかったらまた会って。仕事の話しもしたいし」
ためらうことなく謝り、下手に出て、悠莉が嫌と言わない話題をふるその流れは、およそ普通の人には作れないだろう。
やはり、彼は手強い。
「少しずつでいいから俺のことを知って欲しい。どうしても興味を持ってもらえないようなら、その時は諦める。もし少しでも興味を持ってくれたなら、その時は青木さんのことを教えてほしい」
声にも、悠莉を見つめる視線にも、熱がこもっていた。
かつてないほど熱烈に口説かれているが、悠莉の恋愛の最新記録は高校二年生である。
気の利いた言葉が見つからず、はあ、わかりました、と実に間抜けな返事をして、吉田と別れたのであった。