ビタースウィートメモリー
自宅の最寄り駅に着いた時には、22時を少し過ぎていた。
そろそろ着くと大地にLINEを送ると、改札前にいると返事が帰ってきた。
スマホから顔を上げると、人混みの中でも頭一つ分高い大地を、改札の向こうに見つける。
腕時計を見ているからか、大きな瞳が伏し目がちになっていて、妙に色っぽい。
「お待たせ」
近づいて声をかければ、顔を上げた大地と目が合った。
うっすらとくまが出来ていて、全身から疲労が滲み出ている。
「悪いな。突然」
「いいよ。明日も仕事なんだし、帰ってさっさと風呂入って寝るぞ」
何を話すでもなく無言の時間が続くが、悠莉は黙っていても気まずさを感じない大地との距離感が好きだ。
悠莉の住むマンションに着いた時に、ようやく大地が口を開いた。
「俺より良いとこ住んでるな」
「給料が違うからな」
「うわ、ムカつく」
いつもいじられ役に回っているのだ、たまにはやり返したっていいだろう。
エントランスでカードキーを差し込むと、ピッと軽快な電子音が鳴ってから、エレベーターが降りてきた。
もともと女性専用だったこのマンションのエレベーターは狭い。
密閉空間にいると、大地のスーツから香る柔軟剤の香りに自分も染まっていくようで、悠莉は少しだけ緊張した。
「お邪魔します」
「どうぞー」
長い付き合いの中で今日はじめて、大地は悠莉の自宅に足を踏み入れた。
玄関の目の前に広がるダイニングキッチンは6畳。
収納スペースを追加で取り付け、調味料から調理器具などはすべて片付けているため、かなり広い。
キッチンの隣の部屋の壁際に、カバーから布団、枕まですべてを白で統一したセミダブルのベッドがある。
カーテンとラグはパステルグリーン、折り畳み式のローテーブルとパソコンデスクの他には、木製のチェストが二つ。
あとは薄型テレビがあるだけの、女性の一人暮らしにしては少々物が少ない部屋だ。
大地の汚部屋とは真逆である。
「お前ミニマリストだったのか?」
「そこまでじゃないけど、確かに物は少ないと思う」
風呂場に案内し、何枚かあるうちの一番上質なバスタオルを渡すと、悠莉はキッチンから部屋に続くドアを閉めた。
それと同時に、シャワーの音が聞こえてくる。
ウォークインクローゼットにニトリで買った来客用の布団が仕舞ってあったのでそれを引っ張り出し、ローテーブルを片付ければ、大地の寝床の完成だ。