ビタースウィートメモリー
〝色白美人〟の新作ファンデーションの価格交渉が一段落つき、悠莉は西新宿のオフィス街を出るとのびをした。
このまままっすぐ帰社したいところだが、ビルを出ると思いの外暑くて、汗をかいてしまった。
まだ五月の半ばで、しかももう夕方なのに、今日はまるで夏のような暑さである。
ハンカチで額の汗をぬぐうだけじゃ物足りず、悠莉は近くのコンビニに駆け込んだ。
トイレで上半身を汗拭きシートで入念に拭き、ブラウスが汗臭くなっていないか確認してから、駅に向かう。
人より汗をかきやすい分、こまめにチェックしないと悲惨なことになるのだ。
その後も汗じみが出来ていないか気になった悠莉だが、幸い会社に着く頃には日が暮れはじめ、気温も下がっていた。
歩き疲れた体を引きずって営業部に戻り、部長に今日の交渉の結果を報告し、その他の雑事を済ませれば、あっという間に18時である。
さて、大地は今どこにいるのかとLINEを開くと、待ち合わせ場所に会社の近くのダイニングバーを指定していた。
元カノが来る前に渡したいものがあるらしく、仕事が終わり次第すぐに来るようにとのことだ。
タイムカードを押して、悠莉は足早に会社を出た。
待ち合わせ場所のダイニングバーに着くと、観葉植物の奥に大地の後ろ姿が見えた。
ドアベルに反応して振り返った彼と目が合い、悠莉はヒラヒラと手を振った。
「待たせた?」
「いや、俺も今着いた。それより座って」
大地のビジネスバッグの隣には赤いショップバッグがある。
どこかで見たことがあるデザインだが、思い出せずもやもやしたまま悠莉は大地の向かいに座った。
「青木、ちょっと左手出して」
「なんで左手?」
「いいからいいから」
わけがわからないまま左手を差し出すと、大地はショップバッグからお揃いの深紅のアクセサリーケースを取り出した。
大きさから見て、指輪かブレスレットだろう。
ケースの表面に流麗に書かれたCartierの文字に、悠莉は思考停止した。
パカッと軽い音をたてて開いたそこには、何の飾り気もない、しかし上質なシルバーリングが鎮座していた。
恭しく左手をとり、大地は神妙な顔つきで指輪を悠莉の薬指に嵌めた。
サイズはぴったりである。
「あ、よかった。多分8号と予想していたんだけど、ぴったりだな」
「ああ、ジャストフィットだ……じゃない!なんだこれ!?」