ビタースウィートメモリー
同時刻、大地は自宅で頭を抱えていた。
目を覚ましたのは10分前、昨日の自分の行動を思い出し、ちょっとしたパニックを起こしていた。
「何やってんだ俺は……」
カルティエのシルバーリングでプロポーズごっこをしていたところまでは良かった。
おふざけも度が過ぎると悠莉の怒りを買っても、最後は許してもらえるだろうと大地は楽観視していた。
そして悠莉は、怒るどころかノリノリで婚約者のふりをしてくるし、しまいには元カノを諭して和やかな雰囲気で帰らせてくれた。
万事恙無く進んでいたのに、それが狂ったのはどこか。
コーヒーを淹れるためにお湯を沸かしている間、大地は何度もiPhoneのロックを解除した。
LINEの通知をチェックするが、そこに悠莉の名前はない。
自分の過去を話した時の悠莉の真っ直ぐすぎる反応に、大地は何かを感じた。
恋と呼ぶにはあまりに汚く、ドロドロとした劣情。
救いを求めるような、自分に近づいて欲しくないような気持ち。
様々な不純物を含んだこの気持ちは、間違っても愛ではない。
そんな純粋なものではないが、じゃあ何かと聞かれたら答えが出ない。
ただ一つだけ、今まで異性としてカウントしていなかった悠莉が気になって仕方ないことだけは確かだ。
「案外、全部本気だったりして」
青木が彼女なら良いのにという発言も、不意打ちでしたキスも、頭の片隅でひっそりと育っていた気持ちの発露なのかもしれない。
そう考えると、大地の中でもしかしてという疑惑が次々と浮上する。
なんで彼女だったら良いのになんて思った?
なんでキスした?
なんでそんなに執着する?
答えは一つしか無い。その答えに名前をつけるなら、だいたいの人は恋と呼ぶだろう。
しかし違うのだ。恋というにはあまりに複雑すぎる。
「青木、今何してるんだろ」
会えばこの感情の名前がわかるかもしれない。
無性に悠莉に会いたくなりLINEを開くが、大地の指はまったく動かなかった。
何を打てばいいか、何と言えばいいかわからなくて、結局大地はiPhoneを手放した。