ビタースウィートメモリー
「その格好ですっぴんだと、どう見ても夏休みの高校生だな」
14時ぴったりにバッティングセンター前に着いた大地は、開口一番にそうぼやいた。
「うるせーよ、お前こそなんだそれ。まだ27のくせにおっさんくせーぞ」
大地はというと、白いスキニーに濃紺のTシャツ、日差しがきついのかサングラスをかけている。
「27は立派なおっさんだ」
「バカ野郎、30まではみんなお姉さんお兄さんだ」
「見苦しいぞアラサー」
「……小野寺、勝負だ。より多く打ったほうが相手の言うことを聞く」
この時、悠莉の頭からは昨日までの悩みは消えた。
頭に血がのぼり、なんでもいいから大地を負かせたいと思考が暴走する。
「お前自分のことおばさんってたまに言うじゃん」
「自分で言う分には構わないが人に言われるとイラッとくる微妙な年頃なんだ」
「で、俺が勝ったら?」
「そろそろスーツを新調したいとか言ってたな。アルマーニでもなんでも買ってやるよ」
あたしに勝てればな、と悠莉の唇が動くと、大地は挑戦的に笑った。
「じゃあ俺が負けたら今年いっぱいお前のATMになってやるよ。酒だけじゃなくて、ワインクーラーでもなんでも買ってやる」
「大盤振る舞いじゃねえか。よし、じゃあ早速やるぞ」
肩をバキバキと鳴らし、悠莉は意気揚々とバッティングセンターに入っていった。
念のために手を保護するために手袋を借りて打席を見渡すと、ほとんど埋まりつつある。
「なんだか今日は混んでるな」
「青木、あそこなら空いてるぞ」
大地が指差したのは、一番左端の打席だった。
他に空きがないことを確認すると、二人の間に微妙な空気が流れる。
悠莉も大地も右利きで、流し打ちするよりも全力で打って飛ばすことを好んでいた。
すぐ真横にネットがあって、いつも以上にコントロールに気を配らなければならない左端は、普段なら絶対に選ばない。
出る球すべてをかっ飛ばして大地をATMにしようと息巻いていたのだが、興醒めだ。
そしてそれは大地もだった。
「勝負するのはまた今度だな。互いにベストを尽くせないんじゃ、意味がない」
「だな。じゃ、今日はただの腕慣らしってことで。小野寺先に打っていいぞ」
大地をバッターボックスに送り出し、悠莉はもう一回ストレッチをした。