ビタースウィートメモリー
バーに入った時、時刻は20時40分だったが、既に相手の女性は到着して時間をもて余していたらしい。
店内には、彼女しかいなかった。
緩くウェーブした栗色の髪が美しい、切れ長の瞳が特徴的ななかなかの美人である。
白いブラウスの上からでもわかる、豊かな胸周りから細いウエストにかけてのラインが素晴らしい。
こちらを睨み付ける顔は迫力満点だが、こんな美女をおもちゃにするなんて、やはり一回刺されたほうがいい。
「麻美、この人が俺の彼女の青木悠莉」
開口一番に爆弾発言をかます大地に、悠莉は固まった。
「大地、どういうことよ」
「俺にとってお前はただの浮気相手でしかなかったってこと。幸い悠莉は俺を許してくれたし、俺達来年結婚するんだ。だから早く関係を精算したくてさ」
さらっと名前を呼び捨てにされ、いきなり肩に腕を回され、大地に抱き寄せられた。
しかしそこは長身の二人である。
少女漫画のような可憐な仕上がりにならず、体格の良い二匹の虎がひっついているような絵図になった。
いきなり接近してきたときめきよりも、無理な体制での息苦しさのほうが勝つ。
「何適当な嘘ついてるのよ!結婚なんかする気ないって付き合う前から言ってたじゃない!」
怒りにまかせてテーブルを叩く彼女に、大地は素早く反論した。
「少なくともお前と結婚する気はなかった。他の誰ともな。でも悠莉は違う。初めて結婚したいと思った女なんだ」
熱烈な愛の言葉はすべて偽物だと分かっているが、それでも悠莉の心臓は激しく動いていた。
それくらい、大地の彼氏のふりは板についている。
「私が結婚したいって言っても何の反応もなかったのに……。その女には何があるのよ!男並みにでかいし、スタイルも顔も普通で!」
酷い言われようだが、わりとどうでもいい。
それよりも早くこの心臓に悪い空間から抜けたいと思っていた悠莉だったが、大地の顔が険しくなったことに気がついた。
「お前が持ってないものばかりだよ。優しいし面倒見もいいし、ちゃんと俺という人間と向き合ってくれる。何よりこいつはがっついてこない。俺のペースに付き合ってくれる」
お前とは全然違う、と吐き捨てた大地の顔はどこまでも冷たかった。
悔しそうに顔を歪めた麻美は、大地の隣で事の成り行きを見守っていた悠莉に詰め寄った。
「この男の勝手な言い分に腹が立たないの!?っていうか、浮気相手と同じ空間にいるのになんでそんなに平然としているのよ!」