ビタースウィートメモリー
月曜日、悠莉はいつもと同じ時間に起きて、歯を磨きながら鏡の向こうの自分をじーっと見ていた。
昨夜も考え事のし過ぎであまり眠れなかったのに、寝ていない割には肌がツヤツヤだ。
恋をすると女性ホルモンが活発になると聞いていたが、もしかしてこれがそうなんじゃないだろうか。
ただの都市伝説と思っていた悠莉は、認識を改めることにした。
トーストとサラダだけの簡単な食事を済ませると、ローテーブルの下からメイクボックスを引っ張り出す。
今日は外回りがなく、営業資料の作成と会議だけだ。
明日からは2泊3日の大阪出張であるため、なにがなんでも定時で帰りたい。
いつも通り、オフィス仕様の極薄ほぼすっぴんメイクにしようとメイクボックスを開けるが……大地に遭遇する可能性を考えると手が止まる。
自分の顔に特に不満はない。
が、眉毛が濃く目がつりあがっているため、すっぴんだとかなり気が強い女に見える。
アイホールにベージュのアイシャドウを馴染ませ、茶色のペンシルライナーでアイラインを引く。
目尻を下げるようにするだけで、顔つきはぐっと優しく柔らかくなった。
コーラルピンクのルージュを薄く塗り、悠莉は家を出た。
外回り以外の日に化粧をすることなどほとんどなく、それだけで妙にドキドキする。
自分の顔が客観的にどう見えるか気にするようになってしまった。
恋する女性がなぜ美しいのか、わかった気がした。
このときめきに浸り、身を委ねるのは存外気持ちが良い。
しかし、電車が会社の最寄り駅に近づくほど、悠莉の頭からはそのときめきが消えていった。
久しぶりの感覚に浮き足立ってはいたが、今のところは長年恋人ポジションにいた仕事のほうが優勢である。
会社に着く頃には、せっかく柔らかい印象に仕上げた化粧が意味を成さないほど、悠莉の瞳は強くなっていた。