ビタースウィートメモリー
「おはようございまーす。あ、青木さんメイク変えましたぁ?」
エントランスホールに入ると、女性社員が一人、満面の笑みで悠莉に駆け寄る。
舌足らずな甲高い声に、悠莉は振り返った。
予想した通り、そこにいたのは新入社員の小波みのりであった。
この春入社し営業部営業一課に配属となり、先月いっぱい悠莉が指導した後輩である。
新人研修で一緒になってから、なぜか悠莉は彼女になつかれていた。
「おはよ。よく気づいたな」
「青木さんがそういうメイクしてるの珍しいですから。普段の強そうなのもかっこいいですけど、それはそれで素敵ですよ~!」
さては、好きな人でも出来ました?
そう聞く小波は悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
せっかく仕事用に頭を切り替えていたのに、その一言で大地の顔を思い出してしまった。
「アホか。ただの気まぐれだ」
素っ気なく返すその態度はかえってわざとらしかったが、悠莉は無自覚だった。
エレベーターの中でも面白そうにニヤニヤと笑う小波に、いい加減にしろと叱ろうとしたその時、営業一課のフロアに着くと同時に、怒鳴り声が響いた。
「金田、お前ふざけてんのか!?議事録の一つもまともに作れないのか!!」
書類を床に叩きつけるバシッという音に、悠莉の後ろにいた小波が脅えたように肩を震わせた。
怒号を飛ばしているのは課長の村田であった。
小波だけではなく、怒鳴られている金田はもちろん、フロアにいる全員が萎縮している。
これでは仕事に支障が出ると判断した悠莉は、素早く村田の前に進み出た。
「課長、おはようございます。何かトラブルでもありましたか?」
「ああ、青木か」
悠莉の姿を見るなり、村田は相好を崩した。
気に入った社員には甘く、気に入らない社員にはとことん厳しい。
村田という人間の性格を一言で説明すると、それに尽きる。
気に入るか気に入らないかの基準は仕事の出来であるため、幸い悠莉はこの男に気に入られていた。
「まったく、最近の若いやつは議事録もまともに作れないらしい。大学にいる四年間のうちに一度もパソコンを開かなかったのか?こんな雑な出来の資料なら小学生でも作れる」
チクチクと嫌味を言う村田の言葉を受け流し、悠莉は床に散らばった議事録を集めた。
日付を見るでもなく、先週自分が資料を準備した会議の議事録であることに、悠莉は気づいた。