ビタースウィートメモリー
悠莉は黒酢豚のランチセット、佐々木は油淋鶏のランチセットを頼み、話題は自社の夏の新作になった。
「色白美人の洗顔フォームと石鹸、新しいの出るでしょ?」
「ああ、アップルミントの香りですね」
その名の通り、石鹸はミントグリーンのパッケージ、洗顔フォームもミントグリーンの容器の新作は、来月から発売である。
「今月から、全国のロフトで先行発売しています」
「高橋くん主導なんだっけ」
「そうです。研究開発部と意見をぶつけ合って、両者のこだわりを詰め込んだシリーズなんですよ。あ、普段は手を抜いてるとかってわけじゃないのですが……」
「わかってるわよ。私も開発部の同期の子に聞いたもの」
佐々木いわく新商品はSNSで徐々に話題になりつつあるらしく、売り上げは安定的とのことだった。
ランチが運ばれてきたため、二人はいったん食べることに集中した。
店の入口から近づいてきた足音が隣の席で止まる。
黒酢豚に舌鼓を打ちながら条件反射で隣の椅子に座った人を見て、悠莉は箸を落としそうになった。
最近悠莉が苦手としている男、吉田克実が真横にいた。
「ああ、佐々木さん、青木さん、奇遇ですね」
吉田は嬉しそうに笑うが、悠莉は顔がひきつりそうだった。
「吉田、これからお昼?」
「はい。今日は早めに食べておかないと、昼からは予定が詰まっているので」
麻婆豆腐ランチを頼み、吉田はごく自然に悠莉と佐々木の会話に入った。
「佐々木さん、昨日は結婚記念日でしたよね?どこかお出掛けされましたか?」
「お、よくぞ聞いた吉田。昼は子供連れて遊園地行って、夜には実家に子供預けてディナー行ってきたの!やっぱり小さい子供がいると普段の食事は野菜多め塩薄めが基本だから、フレンチのフルコースとか久しぶりでさ」
ここで初めて佐々木が二児の母であることが発覚し、悠莉は驚きを隠さなかった。
昔と違い、最近の母親は若々しく年齢不詳である。
素直にそう言えば、気分が良くなったのか照れた顔で佐々木は悠莉の肩を叩いた。
「やっだもう!褒めてもなんにも出ないわよ!」
その声のトーンと仕草は完全におばちゃんそのものである。
若いと思ったのは気のせいかもしれない、などと失礼なことを考えた矢先、スマホを見た佐々木が慌てて立ち上がった。
「仕事に戻る前に用事があるんだった!先戻るわね。青木さん、こっちから誘っておいてごめんね」
「いえいえ、お気になさらず!また行きましょう!」
テーブルに700円を置いてバタバタと出ていく佐々木を見送り、悠莉は自分の皿を見下ろした。