ビタースウィートメモリー



仕事のスピード同様食べるのも早いと思われがちな悠莉だが、実は真逆である。

大盛りにしたのも手伝い、今日はいつも以上に食べるのが遅い。

吉田と二人きりになってしまったのは気が進まないが、なんとかやり過ごそうと、再び黒酢豚に箸をつけた。


「良かったら前、座ってもいいですか?」

「どうぞ」


嫌です、とはっきり言えたら良いが、言えない。

別に吉田は悠莉に危害を加える人物ではないのだ。

自分が一方的に苦手だからといって拒絶するのは、大人げないだろう。

ほどなくして運ばれてきた熱々の麻婆豆腐を食べながら、吉田は心ここにあらずといった風だった。

何か考え事でもしているのか、先日会った時のような勢いはなく、どこかボーッとしている。

麻婆豆腐に花椒ではなく醤油をかけようとしたため、悠莉は身を乗り出して吉田の手を掴んだ。


「吉田さん、それ醤油!」

「あ」


まったく気づいていなかったらしく、恥ずかしそうに吉田は醤油を戻した。

まだ会って三度めだが、あまりにも様子がおかしい。

苦手な相手だということを忘れ、悠莉は吉田の目をじっと見た。


「何か考え事でも?」

「あ、はい。たいしたことではないのですが……」


そう言って誤魔化すように笑うが、吉田の目は真っ赤に充血している。

言葉の続きを、悠莉は付け合わせのキュウリの和え物を齧りながら待った。

何分かの沈黙の後、吉田はぽつりと呟いた。


「猫を飼っているのですが、今朝吐いてしまって……よく拾い食いするから、珍しいことではないんですけど、もうおじいちゃんだから心配で」

「ああ、それは心配になりますよね。わかります」

「青木さんもペットを飼っているのですか?」

「実家にいるゴールデンレトリバーがおばあちゃんなんですよ。もう今年15歳で」

「おばあちゃんっていうか、ひいばあちゃんですね。すごく長生きだな」


ゴールデンレトリバーのマリーは、悠莉が中学に入る前に青木家の一員になった。

悠莉の青春時代に良き親友であった彼女は年々足腰が弱り、最近は1日のほとんどを寝て過ごしていると、母から聞いている。

身近にそういった存在がいるため、吉田の心配する気持ちは痛いほどわかる。


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