ビタースウィートメモリー
社員が出入りする玄関のど真ん中で、大地は女性の腰に手を回して、耳元で何やら囁いていた。
女性は、悠莉が予想していたタイプとは少し違う。
地味な顔立ちで、一回も染めたことがなさそうな真っ黒な髪を後ろで一つにまとめた、垢抜けないタイプだ。
大地の言葉に耳を傾けていた彼女と、真正面から目が合う。
するとその瞬間、はっきりと睨まれた。
親の仇でも見るような視線が不快で、そして女性関係がクリアになってもいないのに声をかけてきた大地に腹が立ってきて、マグマのように怒りが湧き出る。
とりあえず、女性には何倍もの鋭い視線を叩き返す。
もともと目力が異様に強い悠莉の一睨みは、だいたいの人間を黙らせる武器になるのだ。
女性の様子がおかしいことに気づいた大地がその視線をたどり、ゆっくりと振り向く。
そして大地は、自分の腕の中の女性をきつく睨む悠莉を見た。
振り返った大地と目が合った悠莉は、意識してヒールの音を立てて近づいた。
今日履いているのは8cmヒール、威圧感を与えるにはもってこいの高さである。
「よう小野寺。いつの間に彼女出来たんだ?」
にっこりと微笑み、ほとんど身長が変わらない大地を見下ろすように、悠莉は腕を組んだ。
笑ってはいるが目は冷たい悠莉に、大地は慌てて何か言おうとしたが、彼女らしき女性がそれを遮る。
「あなたも大地さんと付き合っていたのかもしれないけど、これからは関係ないから。私、大地さんの赤ちゃん妊娠してるんです。だから責任取って結婚してもらうんです」
そんなに大きな声ではなかったため、聞こえた人はあまりいなかったのだろう。
大地をチラチラと見る女性社員は多いが、一向に悲鳴は上がらない。
しかし、半径30cm以内にいた悠莉には、一言一句しっかりと聞こえた。
作り笑顔が凍りつくが、彼女の発言を反芻すると、数秒後には違和感を感じた。
大地が語った過去の恋愛を思い出す。
性病を移された経験があり、女性は使い捨て精神の持ち主の大地が、今さら避妊を怠ったりはしないだろう。
「こんなところではなんだから、場所を変えましょうか」
不敵に微笑んだ悠莉を見て、女性の瞳には怯えが浮かんだ。
それを見て、悠莉は彼女の妊娠が嘘ではないか疑った。