ビタースウィートメモリー
それは彼女じゃないから、というのが喉まで出かかったが、必死で抑え込む。
「そりゃ、最初はショックだったけど、浮気自体は別に今回が初めてじゃないし……それに結局、何度浮気しても最後はあたしのところに帰ってくるから」
咄嗟についた嘘が通じるかどうか、ハラハラしながら悠莉は相手の反応を待った。
結果、嘘は本命の余裕として受け取られたらしい。
麻美はハンドバッグを掴むと足早に去っていった。
すれ違い様に、目に涙が浮かんでいたことに気づき、悠莉は少し胸が痛んだ。
「いやー、悪いな青木。迷惑かけちまって」
「本当だよ。もうさ、適当な付き合いするくらいなら、誰とも付き合うな。その方が誰にも迷惑がかからない」
軽いノリで謝ってきた大地に苛ついて、悠莉はいつもより語気を強めて怒った。
誰かと別れるということがこんなにエネルギーを消耗するとは知らなかったのだ。
これにあと二回付き合うと考えたら、途方もなく疲れる。
「そうだな、しばらくは誰かと付き合うのやめるわ。この歳だと、どうしても結婚が視野に入るし」
ごめん、と小さく謝る大地に、悠莉は何年も抱えていた疑問をぶつけた。
「あのさ小野寺……昔、女性と何かトラブルでもあったのか?」
「マスター、梅酒のロック一つ。青木は?」
「同じの。話したくなかったなら無理に話さなくていいから。今の忘れて」
こちらを見ようとしない大地を見て、悠莉は判断を間違えたのだと察した。
想像していた以上にデリケートな部分だったらしい。
嫌な思いをさせたかもしれない。
大地との付き合いは長いが、悠莉から積極的に近づいたことは一度もない。
いつも気づいたら側にいて、そしていつの間にか離れているのだ。
気まぐれな猫のような付き合いを求める大地のスタンスに合わせて、悠莉も必要以上に構ったりはしない。
「いつかお前には話そうと思っていたんだ。彼女のふりをしてもらう期間が終わったら話すよ」
「わかった」
いまだにこちらを見ようとしないのだ。
あまり晒したくない傷なのかもしれない。
それでも話そうとしてくれている信頼に応えようと、悠莉は密かに決意した。
話題を仕事のことにすり替えて、その日は恋愛に関する話題は徹底して避けた。