ビタースウィートメモリー
いや、言わないのではなく、あえて言っていないのでは?
そもそも、数多の女性を食い散らかして10年間一人も本気で付き合った人がいなかった男が、今さら誰かを本気で好きになったりするのか?
怒り一色だった悠莉の心に、疑い、裏切られる恐怖といった別の色が加わる。
「なんでキスなんかしたんだよ。思わせ振りな態度をとるんだよ……!」
こんな気持ちになるなら、好きになりたくなかった。
ずっと友達でいたかった。
一番言いたいそのことは喉の奥に引っかかって出てこない。
代わりに大粒の涙が、悠莉の頬を伝い、ボタボタと落ちた。
「お前が友情を壊さなかったら何も変わらなかったのに!」
悠莉の悲痛な叫び声は、静かな店内でよく響いた。
何人かいた客が何事かとこちらを覗くが、悠莉も大地も自分たちが見られていることを気にする余裕はなかった。
「友達のままが良かった?」
静かな声で問いかける大地は、これまで悠莉が見てきた中でもっとも真剣な顔をしていた。
「当たり前だ。友達だったら、お前があたしのことどう思ってるのか気になったりしなかった。過去にお前が抱いた女性たちのことだって気にならなかったし、もっと気楽な関係でいられた」
自分で言っていてどんどん胸が苦しくなっていく。
新しい涙をこぼした悠莉の頬を拭おうと大地の手が伸びたが、悠莉はその手を押し退けた。
「やめろ。好きでもない女にそういうことをするからトラブルが絶えないんだ」
「待て、話を聞いてくれ」
思い詰めた表情の大地からどんな言葉が飛び出るかわからず、そして傷つく一言だったらと考えると怖くて、悠莉は素早く立ち上がった。
「二度と連絡するな。もうお前なんか友達でもなんでもない、ただの他人だ」
アラサーの捨て台詞にしては子供っぽい一言を吐き捨て、悠莉は早足でカフェを出ていった。