ビタースウィートメモリー



LINEとTwitterをブロックしたのも、トークの履歴を消したのも、ほとんど衝動的にやったことだった。

寝る前に少しだけ冷静になって、さすがにブロックまでする必要はなかったんじゃないかと考えるが、どうしても解除ボタンは押せない。

これ以上、大地に振り回されたくなかった。

いつもより早い時間にベッドに入り、悠莉は電気を消して眠ろうと目をつぶった。

何も考えないように意識すればするほど、大地の顔が頭に浮かぶ。

明日は7時の新幹線に乗らなければならないというのに、目が冴えてしまって寝れそうにない。

結局悠莉が眠りに落ちたのは、夜中の2時を過ぎてからだった。

6時にセットしたアラームが鳴り響き、すぐにベッドから起き上がった悠莉だが、洗面所の鏡に映る自分を見て顔をしかめた。

顔は土気色にくすみ、青黒いクマがくっきりと現れている。

今から商談に赴く人間の顔ではない。


「新幹線の中で寝るか」


大阪に着いてから取引先に向かうまで、約二時間の猶予がある。

確か、阪急梅田駅の三階に有料のパウダールームがあったはずだ。

到着後にゆっくり化粧をすることにし、悠莉は書類が揃っているか確認して、小さなキャリーバッグを引きずって自宅を出た。

鉛色の空には雲が広がり、今にも雨が降りそうである。

どんよりとした曇り空は、今の悠莉の心境そのものだった。

東京駅に着く頃には空はさらに暗くなり、悠莉の乗った新幹線が発車した時には雨が降り始めた。

窓際の席を取っていたため、雨音をBGMにうたた寝をする。

まどろみながらぼんやりと、今夜は大地が元カノと病院に行くのだと考えた。


彼女が妊娠していたら、その時は……。


胸に走る鋭い痛みは、強烈な眠気に飲み込まれた。



< 72 / 112 >

この作品をシェア

pagetop