ビタースウィートメモリー
木曜日の朝、久しぶりに出社してまず初めに耳に入ったのは、美咲と高橋が付き合い始めたことだった。
美咲が作ったとおぼしき弁当を高橋が持っていたという噂は朝イチで広まり、多くの男性社員が悔し涙を流している。
その光景をやや引きながら遠巻きに見ていた悠莉を、フワフワとした高い声が現実に引き戻した。
「青木さぁーん!おはようございます!」
声をかけてきたのは、先日とは打って変わって元気いっぱいの小波だった。
悠莉の持つ紙袋に目をつけ、分かりやすく顔を輝かせている。
「シェルティのメープルフィナンシェ!!」
「昼休みに配る。これ、コーヒー欲しくなる味だよな」
「確かに。あれ、もう一つは?」
「今回の出張で広報の吉田さんに助けてもらったことがあるから、そのお礼」
「さすが青木さん、マメですね~」
感心した様子の小波の反応から見て、吉田は悠莉のミスについては口外していないようだった。
彼の口が軽いとは思っていなかったが、黙っていてもらえたのはありがたい。
今年で入社四年目、まだ若手ではあるが、もう新人ではない年だ。
誰も知らないとはいえ、取り返しのつかないミスをしたことは忘れないよう、悠莉は肝に命じた。
部長のデスクに挨拶に行った後、報告書を仕上げて提出に行き、次の予定を確かめる。
明日の外回りは小波と行くことになっていた。
一緒に書類の確認をしている時、小波のデスクの上に何枚かあった領収書が目に入った。
経理部に領収書を出しに行くのを、すっかり忘れていた。
「やっべ、小野寺に怒られる。小波、あとは自分で準備出来るな?」
幸いまだ午前中だ。
これが夕方、退勤前だったら大地に睨まれること必至である。
〆切の鬼と呼ばれている彼は、定時で帰ることに命を懸けているのだ。
「大丈夫です!青木さん、早く経理部行ってきちゃってください」
小波がそう言い終わる前に、悠莉は自分のデスクに戻っていた。
パソコンを開いて手早くオンライン入力を済ませる。
今回は領収書の数が多いため、クリップでまとめて経理部に向かった。