ビタースウィートメモリー
相変わらず経理部の空気は殺伐としていた。
ただ黙々と手を動かしている課長と、同じく黙々と仕事をこなす大地。
そして騒ぎこそしないが、彼に熱い視線を注ぐ女性社員達である。
悠莉の他にも何人か領収書の提出に来ているが、室内では女性は目が輝き、男性は居心地が悪そうにしていた。
放っておくと、女性は大地の前にだけ並んでしまうため、彼は率先して仕事を割り振っている。
二人いる後輩に三人ずつ割り振り、残りを自分で受け持つようだ。
出直そうと経理部を出ようとした瞬間、大地は悠莉に気づいた。
「青木、オンライン入力は?」
「当然終わってる」
「ならちょっと待ってろ。5分で終わるから」
いつもより少しスピードを上げてパソコンのキーボードを叩き、並んでいた社員達の領収書を回収し、大地は宣言した通り5分で悠莉を呼んだ。
何枚か重なった領収書を受け取り、小言を漏らす。
「まーたシワになってる……」
「細かいことは気にするな。汚れてないんだから別に良いだろ」
「これだから単細胞は」と悪態をつきながら大地は領収書すべてに目を通した。
「すべて問題なし。さすがに今からじゃ給料日には間に合わないから、立て替えた分は来月の振込みになる」
「わかった」
出張費用の立て替えは思ったよりも高くついてしまったが、給料日が明日であることを思い出し、悠莉は少しだけ元気になった。
処理が済むと、もう大地はこちらを見ていない。
いつもと変わらない態度に安心し、悠莉は経理部を出た。
営業一課のフロアには戻らず、その上の階の自販機スペースに向かう。
一息ついたら小一時間ほどデスクワークをすることにしたため、コーヒーが買いたくなったのだ。
自販機の前には先客がいたが、その後ろ姿は悠莉の知っているものだった。
吉田克実である。
彼は電話をしながら自販機の前をうろついていた。
まだまだ電話が終わる気配はなかったため、悠莉はデスクに置きっぱなしの大阪土産を取りに戻った。
案の定、再び自販機前に行くと、吉田は電話を続けている。
しばらく待って電話が切れたタイミングで、悠莉はひょっこり顔を出した。
「お疲れ様です、吉田さん」
彼が振り返った時、やはり薄くシトラスが香った。
悠莉を見るなり、彼は嬉しそうに歯を見せて笑った。