ビタースウィートメモリー
あまりに嬉しそうに笑うものだから、悠莉は彼の背後に犬の尻尾が見えた。
「おかえりなさい。大阪はどうでしたか?」
「まあぼちぼち……吉田さんに資料見つけてもらえなかったら、大惨事になるところでした。本当にありがとうございました」
軽く頭を下げれば、吉田はのんびりとした口調で答えた。
「どういたしまして。お役に立てて良かった」
「あの、置きっぱなしの資料があたしの作ったものだと、なぜわかったんですか?」
「カラーページの比較画像は大阪と東京のものだった。あの日関西方面へ出張に行っていたのは営業では青木さんだけだったので。それに、ヘッダーの日付も大阪での商談の日だった」
「え、誰が出張行ってるとか全部把握しているんですか?」
「してますが何か?」
しれっと答える吉田に、悠莉は引きそうになった。
彼は会社勤めよりも、探偵事務所や興信所のほうが大活躍出来そうだ。
深く考えるのはやめようと、お土産の紙袋を吉田に差し出す。
受け取るなり吉田も頭を下げた。
「わざわざご丁寧に、ありがとうございます」
「シェルティのメープルフィナンシェにしました。お嫌いでなければ良いのですが」
「シェルティ?知らないな……でも、甘いものはなんでも大好きなので嬉しいです」
どうやら見立ては間違っていなかったらしい。
大阪土産を渡してお礼を言い終えたところで達成感に浸っていた悠莉だが、吉田の一言で空気が凍った。
「さて、では月曜日に約束した通り、何かお礼をしてもらいましょう。何でもしてくれるんですよね?」
端正な顔立ちの吉田の笑顔はどこまでも上品で、しかしどこか腹黒さを感じさせるものだった。
含みのある声がそう思わせているだけなのかもしれないが、悠莉は顔をひきつらせながら後ずさった。
「まさか、忘れていた?」
「いやいや、忘れてなんかいませんよ。なんでもお申し付けください。社会的にアウトでなければ、なんでもしますので」
嘘である。きれいさっぱり忘れていた。
しかしそれを認めるのはなんだか癪で、冷や汗を流しながら悠莉はやや早口に言った。
「青木さん、日曜日のご予定は?」
「特に入ってませんが……」
「だったら、半日付き合ってください。10時にお台場海浜公園駅で待ってます。あ、動きやすい格好で来てくださいね」
悠莉の返事を待たずに吉田は去っていった。
一方的な通告がデートの誘いであることに気づいたのは、何秒か経ってからである。