ビタースウィートメモリー
しばらく自販機の前で立ち尽くしていた悠莉だが、盛大にお腹が鳴ったことにより、仕事より先にランチを済ませることにした。
幸い財布は持っているし、コーヒーもまだ買っていない。
地下一階にある社員食堂で適当に済ませようと階段を降りていると、少し先を美咲が歩いていた。
「美咲、今から昼飯か?」
小柄な美咲は、振り返る時に必ず首をかしげる。
その仕草が小動物のようで可愛らしいため、悠莉は声をかける時はなるべく背後からにしていた。
今日も、サラサラの茶髪を柔らかく揺らしながら、美咲は首をかしげた。
「悠莉!ねえ聞いてよ、私高橋さんと付き合うことになったの!」
「あ、うん知ってる。おめでとう」
「え、なんで!?まだ言ってなかったのに」
「そこかしこで噂になってるから」
恥ずかしいけど嬉しいとぼやきながら、美咲は悠莉の隣を歩きはじめた。
今にもスキップしそうなくらい上機嫌な美咲を見下ろすと、以前よりも美貌に磨きがかかっていることに気づく。
肌はふっくらとしてハリがあり、黒目がちな瞳はより綺麗に輝いている。
「悠莉もお昼まだなんでしょ?のろけ話聞いてよ」
「お、おう」
のろけ話は嫌いではない。
誰かが幸せそうに話しているのは、見ているこちらも幸せになる。
しかしどういうアプローチをされたか、どんな風に愛を告げられたかなどを聞くと、その甘さに胸焼けしそうになるのだ。
ミックスフライ定食を二つ頼み、揚げたてのエビフライをかじりながら、悠莉は構えた。
「日曜日に高橋さんと新宿でデートしたの。ピカデリーで映画見て、美味しいフレンチにも連れてってもらって、すごく楽しかった!高橋さんって話題が豊富でいつまで話していても飽きないね」
「ああ、確かにあの人の話術は一種の才能だよな……」
高橋のトークスキルは、まさに営業職に就くためにあるのではないかと思うほど卓越している。
それを美咲とのデートでも遺憾なく発揮したようだ。
「最後に夜景の見えるお洒落なバーに連れてってもらって……実はね、告白とかすっ飛ばして、プロポーズされたの」
「え、いきなり!?」
照れ臭そうに笑う美咲の様子からして、OKしたことは予想がつくが、それにしても驚きである。