ビタースウィートメモリー
第4章 嫉妬と誤解と結末
episode1
いつになく心ここにあらずといった風に仕事をしたため、悠莉はコピー機から吐き出された会議資料が誤字脱字だらけの悲惨なものであることに気づき、卒倒しかけた。
酷い出来のそれは、入社して以来初めての産物である。
定時まであと30分だが、この時点で定時で帰るのは無理になった。
肩を落として自分のデスクに戻り、もう一回パソコンの電源を入れると、その様子を珍しそうに村田が覗きこんだ。
「デスクワークで残業か。珍しいな」
なんといって誤魔化そうか考えていたが、村田は悠莉の手元にある残念な出来の会議資料を見るなり吹き出した。
「お前でもこんな風にミスすることあるんだな」
「すみません。集中力が切れていたみたいで……」
弁解のつもりが言い訳がましくなってしまった。
どこか様子のおかしい悠莉を気にとめるでもなく、村田は軽く肩を叩いて励ました。
「提出は明日の昼までだからな。休憩を挟みながら、次は慎重にやれよ」
「はい。お疲れ様です」
村田の背中を見送ると、悠莉は改めてパソコンに向き合った。
最初は資料の修正に集中していたのに、気づいたらまた思考は大地と吉田にとらわれている。
告白されているのに、他の男とデートに行くのはいかがなものか。
いやでも、返事をしていないからまだ彼氏ではないのだ。
なら、誰とデートしようがこちらの勝手だろう。
日曜日のデートで告白してきたら断り、してこなかったら今まで通りの付き合いをすることにし、悠莉は脳内会議を終えた。
しかし、何を着ていけばいいかわからない。
お台場といういかにもなデートスポットで、動きやすい格好という謎の指定。
普段通りの綿かデニムのパンツに、適当なトップスで良いのか。
脳内会議は終わったはずなのに、次の議題が浮上する。
たかがデートごときで、なぜこんなに意識を引っ張られるのか。
人生の優先順位の最下位にあったものが急にランクを底上げしてきたことが、少しだけ不快で、怖い。
自分が自分でいられなくなるような事態は避けたいし、恋愛に溺れて理性を失うなど、絶対に嫌だ。
特に、大学を出てから最大の生き甲斐としてきた仕事の邪魔をされるのだけは許せない。
時計の針は20時を回っていた。
ピシャリと頬を打ち、気合いを入れ直すと、悠莉は仕事に取りかかった。
ぼんやりした罰に、今夜はアルコール禁止だ。