ビタースウィートメモリー
ゆりかもめに乗りながら、これから日差しがきつくなりそうだと考える。
悠莉の住む静かな住宅街とはまったく違う、空気の淀んだ、それでいてキラキラと輝くビルの群れと高層マンションを眺めているうちに、お台場海浜公園駅に着いた。
日曜日だからか人が多く、電車を降りた瞬間にムワッと暑さに包まれる。
せっかく綺麗に仕上げた化粧が汗で剥がれそうで、悠莉は顔をしかめた。
改札の向こうに、文庫本を片手に悠莉を待つ吉田を見つける。
彼の赤みがかった焦げ茶の髪は今日もワックスで丁寧に整えられていた。
遠目から見た時に改めて、彼がとても長身であることに気づく。
黒いスキニーに包まれた両足はいやに長く、壁にもたれかかっていてもなお、道行く人々より頭二つ分は確実に背が高い。
「吉田さん!」
悠莉の声に即座に反応し、吉田は手にしていた本をトートバッグに突っ込んだ。
「おはようございます。今日はまた一段と綺麗ですね」
爽やかな笑顔で歯が浮くようなことをサラッと言ってのけた後、吉田は悠莉の隣に並んだ。
「じゃ、行きましょう。10分くらい歩きます」
10分、無言でいるには間がもたない時間である。
何か話題をと考えるが、幸い話題には困らなそうだ。
悠莉は真横を歩く吉田を見上げた。
「吉田さん、身長何cmですか?」
「春に健康診断で測定した時は、191cmでしたね」
「でかっ!」
リアルに2メートル級の巨人である。
そういえば、ハイヒールを履いていた時ですら余裕で頭一つ分高いのだ。
「青木さんも女性の中では背が高いほうですよね」
「まあ……でも、どうせなら180cmくらい欲しかったです。背が高いことには高いけど、背の順で一番最後になったことって実は二回しかなくて」
世の中には悠莉より高身長な女性も、たくさんではないがそれなりにいる。
小学生の時ならともかく、中学生になると悠莉と同じかそれ以上に背が高い子が現れた。
「それ以上背が高くなったらモデル目指せますね。綺麗な顔立ちですし」
「あの……なんか今日グイグイ来てますね」
あまりに過剰な褒め言葉と甘い視線にやや引き気味に言うと、吉田はニヤリと笑った。
「今日一日、俺に付き合ってくれるんですよね?重大なミスをカバーしたんだから」
「うっ……」
そこをつつかれると痛い。
「あなたを褒めることも口説くことも、別に社会的にアウトな行為ではないでしょう?普段出来ない分、今日は思いっきりあなたを口説いて賛美します」
「うわ、やめてください」
「やめません。崇めます」
「あたしは新興宗教の教祖ですか?」
うっとりと見下ろす吉田に鳥肌が止まらない。
距離を取ろうとする悠莉に、吉田は笑った。
「今日だけです。明日からはまた大人しくしますから」
その笑顔はどこか寂しそうで、まるでしっぽの垂れた犬のようである。
心臓に悪い雑談は終わり、吉田はある建物を指した。
「気を取り直して、とりあえず目一杯遊びません?」
二人の視線の先にあったのは、有名な屋内型テーマパークだった。