その時、オレンジジュースの香りがした。
ごめんね、謝ることができなくて。

それから1年。
時は瞬く間に過ぎていった。
那央なんて、もとからいなかったかのように。
世界は、1人の人間なんて大事にしない。
70何億人に1人の命なんて、蟻の運ぶパンくずのように感じた。
ある日の暮。丁度、那央の悲報が届いたくらいの時。
一本の電話があった。
「中宮です」
それは、聞き慣れた声の那央の母からだった。
「今から、会えないかな。渡したいものがあるの」
私はすぐに家を出た。待ち合わせ場所の公園に向かう。
そこにはもう、那央の母、幸江さんの姿があった。
幸江さんは、私に小さく頭を下げた。
私も、それに応じた。
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