神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
「・・・・いや」
「顔色が優れないようですね?」
「・・・・・大丈夫だ、この地を離れれば楽になる」
「どういうことです?」
「お前には関係ねぇよ」
その言葉に、いつもの事ながら、リタ・メタリカの美しい姫の眉が吊り上がった。
「関係ないとはなんですか?私は貴方の身を案じたのですよ!?」
「頼んでねぇだろ?」
「貴方は、どうしてそうも無粋なのですか!?」
「あーあー・・・どうせ無粋だよ、王宮でぬくぬく育ったお前とは違うからな」
 どこか不愉快そうに眉根を寄せて、ジェスターは、こちらを睨みつけているリーヤの顔を見つめやる。
 リーヤが、次の言葉を出しかけた時、不意に、吹きすさぶ風が天空で高い唸り声を上げた。
 風の精霊の放つ警告の声が、ジェスターの聴覚を迅速で駆け抜けていく。
 刹那、燃えるような鮮やかな緑玉の両眼が、戦人(いくさびと)の装いで鋭く発光した。
 その鋭利な視線が不意に天空を仰ぎ見る。
 そんな彼の行動に、リーヤは一瞬面くらいながら、ふと、彼の視線の先を追ったのだった。
 晴れ渡る天空を引き裂くように、紫色の光が黒く輝く帯を引きながら、まるで流星のように西への空へと落ちていく。
 一つは北西・・・北の国々と国境を寄せる小さな街エトワーム・オリアの方角に、一つは南西・・・・リタ・メタリカの中央に聳(そび)える高峰カルダタス山脈に向かう方角へと急速に消えて行った。
 ジェスターの凛々しく端正な顔が、厳(いかめ)しく歪んだ。
「ゼラキセルの・・・・・使い魔」
「え?」
「行くぞリーヤ・・・・・奴ら、六部衆の全てを呼び起こすつもりかもしれない」
 そう言うと、ジェスターは、険しい顔つきをしたまま騎馬が繋いである小高い丘に向かって歩きだしたのだった。
 カルダタスの方角には、彼の旧知の友であるひどく腕の立つ魔法剣士がいるはずだ・・・差しあたって心配することも無い・・・だとしたら向かうのは・・・
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