神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
 鋭い音を伴って、眩く輝く透明な結界がシルバの足元から伸び上がった。
 容赦のない鋭利で厳(いかめ)しい表情に端正な顔を歪めると、シルバは、優美な刀身を前で構え、アノストラールに向かって叫んだのである。
『目を醒ませ!アノストラール!俺だ、シルバだ!正気に戻れ!!』
 彼を囲む結界と、アノストラールの放った滅破の光が、轟音を立ててぶつかり合った。
 激しい閃光が白い闇にほと走り、大地を揺るがすような振動が足元に絡み付く。
 だが、臆すこともなく俊敏に地面を蹴ると、シルバは、純白のマントを凄まじい光が乱舞する虚空に棚引かせ、アノストラールに向かって鋭利な白銀の斬撃を繰り出したのである。
 しなやかに翻された美しい刃が、鋭い閃光の帯を引いてアノストラールの左の肩すれすれを掠め通った。
 優美な銀の髪が虚空に舞い、斬り飛ばされた僅かな髪束が吹き付ける風に舞う。
 しかし、彼の表情はまだいつものアノストラールには戻らない。
 そんな様子から、闇の者と、彼が一体どのような攻防を繰り広げたのか、シルバには想像がついていた。
 白い闇の中で、嘆きの精霊達が激しいすすり泣きを上げている。
 これほどまでに嘆きの精霊を呼び寄せる程、激しい戦いだったはず、相手の力量も相当なものであったのだろう。
 強力な竜狩人(ドラグン・モルデ)の呪文を操る者を相手にしながら、人の姿で戦うことがどれほどの苦戦を強いられるか・・・・アノストラールは、自分が竜の姿で魔力を放てば、こんな小さな集落など塵を飛ばすぐらい容易に消滅させることができることを良く知っている。
 だからこそ、その力が半減しても、集落の人間達を守るためにあえて人の姿をしていた・・・大方そんなところであろう。
 もしかすると、周囲を取り囲む多くの嘆きの精霊の存在も、彼を混乱させるもう一つの要因なのかもしれない。
 黒髪を虚空に棚引かせて、木々を渡る黒豹のようにしなやかに身を翻したシルバの眼前に、瞬時に空間を移動したアノストラールの手が豪速で迫る。 
 宙を引き裂くように舞う銀色の鋭く長い爪が、凄まじい殺気を伴ってその喉元を両断せんと閃光の帯を引いた。
 それを白銀の剣で受け止めて、紫水晶の右目を細めると、シルバは、真っ向から彼の顔を見つめて叫んだのだった。
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