神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
 彼の澄んだ紫色の右目が、なにやら複雑そうな表情をして、そんなアノストラールの視線を受け止める。
 その次の瞬間だった。
~ シルバ!
 シルバの脳裏に、森に残して来たサリオ・リリスの声が響き渡ったのである。
「!?」
~ 魔物が・・・・!リューインダイルが戦ってる!早く来て!!シルバ!!
  あ!きゃあぁぁっ!! 
『アノストラール・・・!』
 助け求めるサリオの声に、シルバが、鋭い声色で竜である青年の名を呼んだ。
 振り返ったアノストラールの美貌の顔が、にわかに厳(いかめ)しい顔つきに変わる。
 同時に、レダの手に柔らかな輝きを放つ【息吹(アビ・リクォト)】が携えられた時、ざわりと周囲の空間が揺らいだのだった。
 咄嗟に剣を構えたシルバの視界で、あの瀕死の少女の体が、むくりとそこに起き上る。
 その小さな肢体からゆらゆらと黒い炎が揺らめき立ち、可愛らしい顔は、恐ろしいほど邪悪な表情に変貌して、少女は、舐めるような視線でニヤニヤとこちらを見たのだった。
『アノストラール、サリオの元へ行ってくれ。こっちは俺が片付ける』
 凛と引き締まった戦人(いくさびと)の表情で、だが、どこか冷静さを失わないシルバの声がそう言った。
『解った・・・気をつけろ、シルバ』
 アノストラールは小さく頷きそう言い残すと、その美貌の姿を空間の狭間に投じて、銀色の光と共にその場から消え失せたのである。
 突如としてそこにざわめき立った邪悪な気配に驚愕して、レダは、【息吹(アビ・リクォト)】をその手に握り締めたまま、あの少女に向き直った。
 そんな彼女に向かい、突然、黒く長い爪を掲げ、あの少女が、豪速で宙を舞ったのである。
「っぁあ・・・!?」
 鮮やかな紅色の両眼を大きく見開き、咄嗟に、レダは、シルバに向かって、柔らかな青い輝きを放つ【息吹(アビ・リクォト)】を放り投げる。
「レダ!」
 純白のマントが虚空に棚引き、俊足で地面を蹴ったシルバの剣が、にわかに眩い銀色の輝きを放つ。
 空いている手で、宙を舞った【息吹】をしっかりと受け止めると、彼は、利き手に持つジェン・ドラグナの優美な白銀の刃を素早く横に返したのだった。
 鋭い音を立てて、銀の帯を引く閃光の斬撃が黒炎を纏う少女に向かって、間髪入れずに翻る。
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