神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
 だが、その美しい白銀の刃は、不意に出現した炎の結界によって、寸前で止められてしまったのである。
 別段、それに驚く事もないシルバの冷静な右目の奥に、閃光のような閃きが宿った。
 美しい白銀の刀身から伸び上がる銀色の光が、その黒炎を一瞬にして消し去ると、彼の眼前で、黒く長い爪がレダの綺麗な首筋に絡み付いたのだった。
「・・・・・・・」
 片手で剣を構えたまま、鋭利に輝く澄んだ紫色の隻眼を細めて、その動きを止めたシルバに、少女の姿をした闇の魔物が、唇でニヤリと性悪(しょうあく)に笑って見せたのである。
『白銀の守護騎士よ・・・ご苦労であったな、こしゃくな竜から【息吹】を開放してくれて・・・・それをよこすがいい、我が御方のために』
 その声は、すでに少女の声でなく、地獄から響いてくるような低い男の声であった。
『嫌だと・・・言ったら?』
 鋭く厳(いかめ)しい表情をしたまま、シルバの冷静な声が魔物にそう問う。
 少女の姿をした魔物は、嘲笑うかのように再びニヤリと笑うのだった。
『この美しい女の首が跳ぶだけの話よ・・・・』
 レダの首に絡む鋭利な刃物のような爪が、ぎりりと彼女の白い首筋に食い込んだ。
「っ・・・駄目だ!渡すな!絶対に!!」
 じりじりと肌を薙がれる鋭い痛みに、その秀麗な顔を苦々しくしかめたまま、レダは果敢にもそんな叫びを上げたのである。
 白く綺麗なレダの首筋に、赤く細い鮮血の帯が緩やかに流れ落ちた。
 しなやかで美しい彼女の肌に、黒く長い魔物の爪がますます深く食い込んで行く。
 シルバの精悍で端正な顔が厳しく歪み、相変わらず冷静な面持ちを保つ澄んだ紫水晶の右目に、僅かな激が走った。
『魔物の言うことは、信用できんな・・・・渡した所で、レダを殺さないという保証はなかろう?』
 刹那、片手に構えた白銀の剣が眩く発光し、伸び上がる触手のような光の帯が、一瞬にして彼の肢体に絡み付くと、迅速で翻された美しき刃が、レダと、そして魔物の合間の僅かな空間に閃光の帯を引いたのだった。
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