神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
 光が差す如く空を走る閃光の矢は、刹那の間に黒き炎に到達すると、それは弾ける水音を立て、虚空に広がる青い波紋を作り上げたのである。
 その波紋が炎の動きを封じ、次の瞬間、波が返るような大きな音と共に、一気にそれを魔物へと押し戻していく。
 寸分の間も置かず、二本目の青き閃光の矢を水の弓につがえると、レダは、再び弓弦を引き絞り、一瞬にして狙いを定め、返った炎に巻かれる魔物の頭に向けてそれを放ったのだった。
『ぎゃあああああ―――つ』
 蛇の形をした不気味な魔物が、自ら放った黒き炎に焼かれ、轟音を立てて地面をのたうった。
 大きく持ち上がった黒い頭に、一直線に解き放たれた青い矢が水音を立てながら突き刺さる。
 地獄からの叫びのような咆哮を上げる魔物の巨大な体が、空間に広がる青い波紋に包まれ一気に後方に弾き飛ばされた。
 振動する青い波紋はその黒い鱗を抉り取り、血を持たぬ体を削ぐようにして、幾度も幾度も眩く発光し、悪しき魔物の命を静かに奪い取っていったのである。
 青い波紋が魔物を削いで輝く度に、レダの腰に下げられた【息吹(アビ・リクォト)】が、まるで呼応するかのように、青く澄んだ美しい光を点滅させた。
 それは、【息吹(アビ・リクォト)】が魔物の命をその中に飲んでいることを示す証である。
 古の昔より、青珠の森の秘宝は、こうやって自らの中に魔の命を取り込み、それを浄化して森の命へと換えてきた、魔物にしてみれば実に恐ろしい存在の石であるのだ。
 だが、もし、この【息吹】が魔物の手に渡れば、その中に蓄えられた力は逆に魔物に命を与える全く別の物となる・・・
 これを魔物が奪ったということは、恐らく、それを意図したものだったのであろう。
 レダの構える水の弓に、三本目の閃光の矢がつがえられた。
 青く透明な弓弦を引き絞ったレダの甘い色香を漂わせる裸唇が、人にあらざる古の言語、呪文と呼ばれる言葉を紡ぎ出す。
『遍(あまね)く青き大地に眠る気高き諸刃 其は我が糧(かて)なり 
青玉の水脈より来たれ 荘厳なる水の刃(フェイ・アヴァーハ)』
 構えられた水の弓から、弾けるように青き光が伸び上がった。
 つがえられた青い閃光の矢に、幾つもの小さな光の球体が跳ねるように絡み付くと、一杯に引き絞られた弓弦が涼しい音を響かせた。
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