神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
 彼女はふと、その歩みを止め、いつも自分の近くに居る青き魔豹の顔を、鮮やかな紅の両眼で静かに顧みたのである。
 足元から真っ直ぐにこちらを見つめる金色の両眼。
 それは、青珠の森のもう一人の守り手、リューインダイルであった。
『大丈夫だったか?レダ?』
『大丈夫。これぐらい、なんともない・・・・早く森へ戻らないと、リューイ』
 厳しかったレダの顔に、そこで初めて、ごく自然な笑顔が浮かんだのである。

 同じ頃、シルバの目の前に眩い銀色の光が灯り、空間の歪みの最中から、エメラルドグリーンの髪を弾ませて、一人の可愛らしい少女が、両手を伸ばした姿勢で突然その場に姿を現した。
『シルバ!!』
 虹色の瞳を輝かせて、勢いよく彼の広い胸に飛び込んできたのは、他でもない、白銀の森の女王の娘、サリオ・リリスである。
『サリオ!』
 突如としてその場に現れた彼女の体を、大きな両腕で抱き止めながら、シルバは、僅かばかり困ったような顔をして、真っ直ぐにこちらを見上げる彼女の顔を、澄んだ紫色の隻眼でまじまじと見やったのである。
 彼女は、桜色の唇を震わせながら、ぎゅっと彼にしがみつくと虹色の瞳を潤ませながら言うのだった。
『怖かった・・・・・すごく怖かった・・・・!』
『だから言っただろう?どんな怖い目にあっても知らないぞ、と?』
 幾分呆れたような表情で、シルバは、肩で大きくため息を吐くと、いつの間にやらそこに立っていた、銀の髪を持つ美貌の青年アノストラールに、その視線を向けたのである。
『そっちも片付いたようだな?』
 その言葉に、本来は竜である青年アノルトラールは、吹き付ける風に優美な銀色の髪を泳がせながら、くったくなく微笑したのである。
『抜かりなくな』
『相変わらず嘆きの精霊は怖がってたけどね、魔物は全部いなくなったわ』
 アノストラールの言葉の語尾に、やけに無邪気なサリオの声が続いた。
 その言葉に、何故かムッとしたように形の良い眉の隅を吊り上げて、シルバが、睨むようにアノストラールの美貌の顔を見る。
『おい!やっぱりおまえ、あの時耳を塞いでいたんだな?
銀竜たる者が、嘆きの精霊如き恐れてどうする?』
 アノストラールは、ばつが悪そうな顔つきをしながら、ごまかすように再び彼に笑って見せたのだった。
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