神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
『あの日、青珠の森の強固な結界を打ち破り、二人の魔物が、眠ったままの【魔王の種】と、そして【息吹】を持ち去った・・・・
今や、アーシェの反逆者の魂と【種】は一つになり、完全に覚醒している。
魔物達は、【息吹】の力を注いで、あの男の体を完全なものにするつもりであったのかもしれない・・・・あの者どもは、一筋縄ではいかぬ者たちだ。
闇の者を追うのか?そなた達は?』
『いや、行くのは俺だけだ・・・・。
アノストラールを封じるぐらいだ、手強いのは承知の上だ』
 いつものように、実に冷静な声色でそう答えたのは、シルバである。
 リューインダイルの金色の眼差しが、ふと、揺るがぬ沈着さに彩られる彼の精悍で端正な顔を見た。
 シルバは、低く艶のある声で言葉を続ける。
『青珠の森にカイルナーガ・・・いや、【魔王の種】を持ち込み、森の王に封印を託したのは俺の師たる者・・・アーシェ一族最後の大魔法使い(ラージ・ウァスラム)バース・エルディ・アーシェだ。
生前のバースに言われていた、もし、反逆者が目覚めたら、躊躇わずに討てとな・・・・・』

~ それが例え、共に育った同胞(はらから)であろうと・・・・決して躊躇うな・・・
  シルバ、そなたはアーシェの者でもロータスの者でもない、このまま魔法を司る業を生業(なりわい)にすれば、それは、間違いなくそなたの寿命を削ることになるだろう・・・・そなたの秀でた才能は、命を削る刃も同じ・・・・それでも、聞き入れてくれるか?

 遠い記憶の中で、旧知の友と良く似た面持ちを持つ師たる者が、彼にそう問いかけた。
忘れるはずもない・・・・厳しくもどこか優しいあの深碧の眼差しを・・・
 家族を亡くし、左目の光を失った自分を育ててくれた、あの寡黙で威厳のある、父親のような人を・・・・
 カルダタスの高峰から吹き付ける冷たい風が、長く艶やか黒髪と純白のマントを棚引かせて虚空へと消えて行った。
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