神在（いず）る大陸の物語【月闇の戦記】＜邂逅の書＞

終節 月影の詩（うた）

　　　　＊
　西の空に、王都リタ・メタリカを出てから幾度目かの夕闇が迫っていた。
　暮れなずむ茜色の天空に、頼りなく浮かび上がる薄い金色の月の影。
　王都から北方の国々に伸びる大街道銀楼の道（エルッセル）に、北に進路を取る二つの馬蹄の音が響き渡っていた。
　その左手には、リタ・メタリカの中央に位置する高峰カルダタスの山々が、黒い影を引きながら悠然と佇んでいる。
　荒野を越え、木々の多くなった街道の向こう側に、小さな街の灯りが見え隠れしているのだが、その灯りは、銀楼の道の宿場町リンデルから程近い場所にある、ランドルーラという村の灯りに相違ない。
　古の彼方に忘れ去られた街ファルマス・シアで受け取った、『無の三日月（マハ・ディーティア）』に右手を置きながら、左手で器用に馬の手綱を取りつつ、リタ・メタリカの王女リーヤティアは、ふと、隣で手綱を握る魔法剣士ジェスター・ディグを見た。
　夕闇に消え行く落日の光が、彼の端正な横顔に、どこか悩ましげな影を落としている。
　燃えるような緑玉の瞳をカルダタスの方角に向けて、何かを確認するように両眼を細めた彼に、リーヤは、思わず声をかけたのだった。
「ジェスター？どうしました？」
「いや･････」
　木々を揺らして渡る風に、ますます不穏な風の精霊の歌声が入り混じっている。
　それと同時に、高峰カルダタスの方角から流れてくる懐かしい気配は、間違いなく、彼の旧知の友たる青年のものであろう。
　ジェスターは、凛々しい口元でふと小さく笑うと、夕闇の茜色が照らし出す、燃えるような鮮やかな緑玉の両眼を、怪訝そうな表情のリーヤティアに向けたのだった。
　彼は、相変わらずの口調で言うのである。
「本腰を入れて、魔物が動き出してるようだ、北はもう戦場になってるのかもな」
「ならば、急がねばなりませんね」
　晴れ渡る空の色を映したリーヤの紺碧の瞳が、ふと、どこか凛と輝いた。
　そんな彼女を、実に愉快そうな視線で見やりながら、ジェスターは言葉を続けるのだった。