神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
 馬車の形状から、襲われているのは、歌や踊りを生業(なりわい)とするジプシーの一団。
 その光景を目の当たりにして、先に馬腹を蹴ったのは、美しく勇ましいリタ・メタリカの姫君リーヤティアであった。
 彼女は、すかさず腰に差した細身の剣(レイピア)を抜き払うと、片手でそれを構え、片手で器用に疾走する馬の手綱を操りながら、剣をちらつかせ馬車から女達を引きずり下ろそうとする盗賊の一人に向い、馬上から、その鋭利な鋼の刃を迅速で振り下ろしたのである。
 夕闇の虚空に、雷光のような鋭利な閃光の弧が翻った。
 次の瞬間、盗賊の首が紅の帯を引いて宙に高々く跳ね飛ばされている。
 何事が起こったのか解ぬまま、一瞬にして絶命した男の首が、鈍い音を立てて石畳の上へと転がり落ちると、それを追うかのように、首を失った体がもんどり打って石畳の上へと倒れ込んでいく。
「武器も持たぬ女性(にょしょう)に剣を振うなど、どれほど無粋な者達なのです!!」
 紺碧の巻き髪を疾風に棚引かせながら、そう言って馬頭を巡らせたリーヤに向い、盗賊たちの罵声があがった。
「なんだこの女!?」
「いい女じゃねーか、引きずりおろしてやっちまえ!!」
 実に無礼な声を上げて、幌馬車を囲んでいた男達の数人が、なだれ込むようにリーヤに向かって刃を振りかざす。
 しかし、臆すこともなく、凛と鋭い表情で剣を構え直すと、リーヤは疾走する馬上から、しなやかに手首を翻したのだった。
 下から迫り来る鋭利な刃を、素早く身を反らせてかわすと、間髪入れずに、構えたレイピアの切っ先が虚空に閃光の弧を描く。
 青い帯を引く鋭利な鋼の刃が、見事なほどの神技で大の男の腕を肘の辺りから斬り飛ばしたのである。
< 135 / 198 >

この作品をシェア

pagetop