神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
 剣を持ったまま宙を舞う二の腕が、鮮血の赤い帯を引きながら、鈍い音を立てて石畳の上へと落下していく。
 馬上から繰り出される鋭利な閃光の弧が、迫り来る輩の喉を突き通し、そこから引き抜かれた鋼の刃は、振り返り様、甲高い金属音を立てて、背後からの刃を弾き返したのだった。
 軽い身のこなしで疾走する騎馬から飛び降りると、リーヤの肩に羽織られた緋色のマントが、夕闇の街道の只中に戦旗の如く棚引いた。
 秀麗な顔を凛と鋭く引き締め、紺碧色の髪を乱舞させながら、まるで舞うように翻されるレイピアの鋭利な切っ先が、真っ向から剣を振りかぶった男の胸を、下から上へと迅速で薙ぎ払う。
 夕闇の虚空に鮮血が吹き上がった。
 まるで血の雨が降ったかのように、赤く染まっていく石畳の街道には、次々と盗賊たちがその骸を転がして行く。
「・・・・どういう姫君なんだよ?・・・あの女・・・?」
 その光景を何やら唖然とした様子で眺めていたジェスターが、どこか呆れたような、しかし、どこか感心したような、実に複雑な表情で思わずそう呟いた。
 広い肩で小さくため息つくと、彼は、勇ましい姫君に遅れること数分、ブーツのかかとで馬腹を蹴ったのである。
 若獅子の鬣(たてがみ)のような見事な栗毛を疾風に躍らせながら、ジェスターは、背鞘から、禍々しくも神々しい金色(こんじき)の大剣アクトレイドスを引き抜いた。
 燃え盛る緑の炎のような緑玉の両眼を、まるで、鋭利な刃物が如く閃めかせると、朱の衣の長い裾を翻し、彼は、疾走する騎馬の馬上から、野を駈ける獣のように引き締まったしなやかな肢体を、砂塵と血飛沫が舞い上がる戦闘の最中に投じたのである。
 そんな彼の眼前から、すかさず切りかかってくる不貞な輩に向け、寸分の間も置かず、禍々しい金色の帯を引く鋭利な刃を翻す。
 見事な栗毛が虚空に乱舞し、鈍い衝撃がその腕を伝った時、眼前にいた男の胴体が奇妙な形にずり落ちた。
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