神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
 首を失った体が、夕闇に曇る石畳の上に赤い塗料を滴らせた時、数十人はいたと思われる盗賊達の数は、既に、その半分以下に激減していたのである。
「こいつ!魔法剣士だ!?」
 その時初めて、盗賊の中の一人が、ジェスターの広い額に飾られていた、決して人の手によるものではない、見事な彫刻の施された金色の二重サークレットに気付いたのである。
 驚愕と恐怖の叫びを上げ、その輩は、こわごわしながら彼の凛々しく端正な顔を見た。
 盗賊の合間からどよめき起こる。
 無法者である盗賊とは言え、魔法剣士の桁外れな強さを、決して知らない訳ではない。
 たった一人で、二万の騎兵と同じ力量を持つと言われる最強の戦人(いくさびと)を目の前にして、盗賊どもは、一人、また一人とジェスターの前からゆっくりと後退っていく。
 その長身に纏う朱の衣の長い裾を、夕闇の風に躍らせながら、ジェスターは、見事な栗毛の前髪から覗く、鋭くも鮮やかな緑の瞳で、ぐるりと不貞な輩を見回したのだった。
「どうした?もう終わりか?来たきゃ来ればいい・・・・行き先は地獄だがな」
 禍々しく煌くアクトレイドスの金色の切っ先を、真っ直ぐ盗賊どもに向け、ジェスターは、その凛々しい唇でニヤリと笑ったのである。
 その不敵な笑みが、殊更彼を魔物じみて見せたのか、盗賊どもは、一斉にその場に武器を放り投げると、恐怖に慌てふためき、まるで蜘蛛の子を散らすが如く、街道沿いの森の中へ次々とその姿を消して行ったのだった。
 後には、石畳に倒れ付した盗賊達の無残な骸と、西に落ち行く落日の光を宿す夕闇の静寂だけが、北方へ続く大街道の最中に取り残されただけである。
 ジェスターは、実につまらなそうな表情で、揺れる前髪をかきあげると、利き手に持ったアクトレイドスを振い、金色の刀身に付着した鮮血を払ったのだった。
 禍々しく輝く妖剣を、慣れた手つきで背中の鞘に収めた時、そんな彼の傍らに、緋色のマントを夕闇の風に揺らしたリタ・メタリカの美しき姫が、ゆっくりと立ったのである。
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