神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
      *
 晴れ渡る紺碧色の天空に、騒々しくざわめく風の精霊達が舞い踊っている。
 精霊達が奏でる不穏なその歌に、荒野を流れる小川のほとりに立って、人でないその少女は、ハッと華奢な肩を揺らした。
 エメラルドグリーンの髪が揺れ、虹色の瞳が輝く天空を仰ぐと、少女は、その傍らで騎馬に水を飲ませていた、長身の青年に思わず叫ぶように言ったのである。
『シルバ・・・・!闇の者がもう一人、憑(よりまし)を得た・・・・!!』
 光沢ある純白のマントを羽織った広い背中で長い黒髪を揺らし、青年は、ゆっくりと、その隻眼で妖精と呼ばれる者である少女の方を見た。
 深い地中に眠る紫水晶のような右目をどこか鋭く細め、隻眼の青年シルバ・ガイは、静かに妖精の少女サリオ・リリスの隣に長身を寄せたのである。
 漆黒の前髪の下で、見事な竜の彫刻が刻まれた二重サークレットが、キラリと鋭利な輝きを放つ。
 それは、他でもない、この隻眼の青年が、膨大な魔力を宿した魔剣を自在に操る、魔法剣士と呼ばれる最強の戦人(いくさびと)であることを示すいわば印・・・・
 本来なら、どこか穏やかな印象を与える彼の精悍で整った顔が、にわかに、凛とした鋭利な表情へとゆるやかに変わっていった。
『あの男、このまま、使い魔どもを全て呼び起こすつもりか・・・・?』
 彼が持つ艶のある低い声が、どこか鋭利な響きを持って呟くようにそう言った。
 煌く紫水晶の右目で、ふと天空を仰いだシルバの端正な横顔を真っ直ぐに見つめて、サリオは言葉を続ける。
『・・・多分、そうだと思う・・・・風の声が、ずっと不穏を歌っているもの』
『ああ・・・・聞こえてる』
 サリオ・リリスのような妖精と呼ばれる者や、魔法を司る者にしか聞こえない精霊の声は、煌く天空から更に激しく不穏を伝えている。
 シルバは、その澄み渡る紫水晶の右目を僅かに細めると、長い黒髪と純白のマントを翻し、騎馬の手綱を取って、軽い身のこなしで鞍にまたがった。
 その後ろを、慌てて追いかけると、サリオもまた、まるでふわりと宙を舞うように鞍の後輪に身を置いたのである。
 
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