神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
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 カルダタス山脈を囲む広大で深い森に、不穏を伝える風の精霊の声がこだましている。
 その木々の合間からもれる金色の木漏れ日が、光に透けると鮮やかな藍色に輝く美しい黒髪を照らし出していた。
 その前髪の下の綺麗な額に煌く、青い華の紋章。
 緑に萌える木々の葉を、山脈から吹き降ろしてくる冷たい風が揺らし、古木の合間に出現し始めた嘆きの精霊の悲痛な声と重なりあって森の最中へと響き渡っていた。
『リューイ・・・此処にも嘆きの精霊が・・・・・』
 古の言語を使い、どこか鋭い声色で、足音もたてずに傍らを歩く青い豹にそう言うと、彼女は、凛と輝く紅色の両眼を揺れる前髪の下で鋭く細めた。
 鋭く引き締められた、秀麗でどこか甘い色香が漂う綺麗な顔立ち。
 女性らしくなだらかに引き締まった細い腰には、まるで青玉(サファイア)のように輝く弓が下げられている。
 彼女の額に刻まれた青く輝く華の紋章は、彼女が、このシァル・ユリジアン大陸に点在する妖精の森の一つ、青珠(せいじゅ)の森の守り手である証であった。
 その美しさにはそぐわぬ、勇ましい男装にしなやかな体を包み込み、彼女は、ただ、鋭い眼差しで、真っ直ぐに森の古木に揺らめき立つ嘆きの精霊の悲壮な姿を見つめていた。
 高く結われた、藍にも見える艶やかな黒髪が、木々を渡る冷たい風に緩やかに揺れている。
 リューイと呼ばれた青い豹は、僅かに金色の瞳を彼女に向けると、口を開かぬまま答えて言うのだった。
『・・・・間違いないな・・・・【魔王の種】を持ち去った者は、此処に来たはずだ・・・・』
『忌々しい魔物が・・・!【魔王の種】だけじゃなく、【息吹(アビ・リクォト)】まで持ち去って・・・・!早く取り返さないと、レイルが死んでしまう!』
 そう言った彼女の秀麗な顔に、不意に激しい怒りの表情が浮かび上がった。
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