神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
    *
 同じ頃、深い森の大木に背中をもたれかけ、生い茂る木々の隙間から、山脈の峰に触れるように浮かぶ、欠けた月を眺めるもう一人の青年の姿があった。
 深き地中に眠る紫水晶のような右目を、どこか心痛な面持ちで細めて、前で腕を組んだ姿勢で、ただ、身動ぎもせずじっと何かを考え込むように佇む長身の青年。
 それは、白銀の守護騎士と呼ばれる、白銀の森の守り手シルバ・ガイであった。
 彼の羽織る純白のマントが、木々の葉を揺らす夜風にゆるやかに翻っている。
 ふと、そんな彼の耳に、何かを伝える風の精霊の声が響いてきて、彼は、僅かにその広い肩を揺らした。
「・・・・・あいつ・・・・ファルマス・シアに・・・・・?」
 思わず呟いた彼の脳裏に、不敵に微笑む旧知の友のあの燃えるような緑玉の瞳が横切っていく。
 シルバは、凛々しい唇の隅で小さく微笑んだ。
 ゆっくりと大木から背中を離し、東の空を仰ぐと、その言語を人のものにあらざる古の言語に変え、天空を渡る風の精霊に向かって言うのであった。
『伝言の主に伝えてくれ・・・・お前と顔を合わせる時は、いつも物騒な事柄が起きる時だけだな、アラン・・・いや、ジェスター・ディグ。
おそらく、嫌でもそのうち顔を合わせることになるだろう・・・』
 そう言った彼の声に呼応するように、天空を渡る風が高く鳴いた。
 シルバは、揺れる漆黒の前髪の下で、どこか愉快そうな表情すると、唇だけで微笑したまま、再び、その広い背中を、夜風に緑の葉を揺らす大木の幹にもたれかけたのだった。
 静寂の中に微かにこだまする、木々の葉を揺らす風の音。
 前で腕を組んだまま、小さく吐息して、その紫水晶の瞳をカルダタスの高峰に向けた時であった、ふと、彼の鋭敏な六感に、深い森の木々の合間から、足音も立てずに近づいてくる誰かの気配が触れたのである。
 一瞬、鋭利に閃いた彼の紫の右瞳。
 しかし、次の瞬間、その気配の主が誰であるか気付いたのか、彼は、冷静な顔つきをしてゆっくりと背後を振り返ったのだった。
 木々の合間から差し込む金色の月の光。
 ただ、月の輝きだけが照らし出す薄暗い森の最中に、静かに浮かび上がってくる、凛とした秀麗な女性の姿。
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