神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
 高く結われた藍に輝く黒い髪が、木々を渡る夜風に揺れている。
 その鮮やかな紅色の瞳が、どこかしら止まぬ憎しみを宿して鋭く煌(きらめ)きながら、今、シルバの精悍な顔を真っ直ぐに見た。
 綺麗な額に刻まれた青い華の紋章。
 腰の弓鞘に下げられた『水の弓(アビ・ローラン)』と呼ばれる、矢を持たぬ青玉の弓。
 それはまぎれもなく、青珠(せいじゅ)の森の秀麗な守り手、レダ・アイリアスの姿であった。
 さして驚いた様子も見せず、シルバは、レダのその激しい眼差しを、紫水晶の隻眼で真っ直ぐに受け止めると、前で組んでいた両手をゆるやかに解いたのだった。
 彼女は、甘い色香を漂わせる綺麗な裸唇を静かに開くと、母国の言語を用い、感情を押し殺した低い声でシルバに向かって言うのである。
「一つ・・・・聞きたいことがある・・・・・」
 森を渡る夜風に純白マント翻したまま、彼は、何も言わずにただ、そんな彼女の秀麗な顔を見つめ返しただけだった。
彼女は、ゆっくりと言葉を続ける。
「・・・・何故、父を殺した・・・?」
「・・・・・今更、その理由を聞いてどうする?レダ・・・と言ったか?君の名前は・・・・?俺は君の父親を殺した・・・・それは事実だ、言い訳をするつもりもない」
 シルバの艶のある低い声が、実に冷静な口調でそう答えて言った。
 そんな淡白な彼の言葉に、レダの綺麗な眉が怒りに吊り上がる。
 甘い色香の漂う秀麗な顔を歪めて、紅の瞳がシルバの端正な顔を真っ向から睨みつけた。
「貴様・・・・!!あれから私がどんな目に会って生きてきたかわかるか!?
たった一人の父だった!!優しい父だった!!その命を奪ったのは他でもない!!・・・・お前だ!!」
 激昂(げっこう)する感情を抑えきれず、激しい表情でそう叫んだ彼女を、身動ぎもせずに見つめる彼の紫水晶の右目。
 冷静に見えるその眼差しに、どこか心痛な面持ちが含まれていることを、憎しみに満たされている彼女が気付くはずもない・・・・
今ここで、彼女の父を討った本当の理由を話したところで、到底それを彼女が受け入れる筈もない・・・
 それを知っている彼には、彼女の憎しみの全てを受け止めるしか術(すべ)がない。
 彼は、そういう男なのである。
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