神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
「射(う)ちたければ射(う)てばいい・・・・俺はそれでも構わない、君の好きなように・・・すればいい」
「・・・・・このっ!!」
 レダの手が素早く弓を鞘から抜き払った、同時にその手に青い閃光の矢が現れてくる。
 青い弓弦(ゆんづる)が鈍く軋んで、つがえられた閃光の矢の切っ先が、真っ直ぐに、彼の喉元に向けられる。
 僅かに細めた紫水晶の右瞳。
 どこか穏やかな印象さえ与える彼の精悍で端正な顔は、その冷静な表情を一切変えることはない。
 彼の実直さを伺わせる、曇りのない澄んだ紫水晶の眼差し・・・
 そんな彼の面持ちに、閃光の切っ先を向けながらも、レダは、僅かに戸惑った。
 何故逃げない・・・この男・・・?本気で、射たれるつもりか・・・!?
 彼は、一切、彼女の父を討った経緯も理由も話すつもりはないのだろう・・・それは、その表情を見ていれば、いくら怒りが込み上げている彼女とて想像がつく。
 ならば、何故、この男は何をも語らない・・・?
 レダは、悔しそうにその綺麗な裸唇を噛みしめると、彼に向けていた矢の切っ先を、僅かにずらした。
 びゅうんという鋭い音を立てて、空を切り裂く青く鋭利な直線の帯が、身動(みじろ)ぎどころか、瞬きすらしないシルバの耳元を掠めて、背後の木に当たる。
 放たれた閃光の矢は、暗い森に水音を立てて弾けると、きらきらと虹色の光を飛び散られて静かに闇に消えていった。
 レダは、くるりとシルバに背中を向けると、その藍に輝く黒髪を疾風に棚引かせ、悔しさを噛みしめたまま、低い木々を飛び越えて森の奥へと俊足で走り込んで行った。
 暗い森を渡る夜風が、天空の月影を散らしながら、生い茂る木々の葉を揺らして通り過ぎていく。
 暗闇の森に消えていく秀麗な弓士の後ろ姿を、どこか心痛な表情で見送ると、シルバは、純白のマントが翻る広い肩で小さく吐息したのだった。
 そして、片手で前髪をかきあげると、呟くように言うのである。
「・・・・流石に、参るな・・・・・あの眼には・・・・」
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