神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
 ありありと脳裏に蘇ってくる、青珠の森の秀麗な守り手が自分に向ける、憎しみと怒りに満ち溢れたあの紅の眼差し・・・
 おそらく、あの日、彼が、彼女の父を討ってから、彼女の人生は、がらりとその様相を変えてしまったのであろう・・・・
 そう、あれほどまで激しい怒りと憎しみを、彼に向けるほどに・・・
 シルバは、その澄んだ紫色の隻眼を、カルダタスの峰に浮かぶ金色の月に向けると、彼女が此処にいたるまでに経験したであろう、想像もできないほどの辛い時間に想いを馳せて・・・静かに、その眼差しを伏せたのだった。
『きっと・・・アノスだったらこう言うわ「シルバ、相変わらず、おぬしは不器用な男よ」って・・・』
 そんな彼の耳に飛び込んでくる、銀の鈴が鳴るような少女の声。
 シルバは、ハッと広い肩を震わせて、閉じていた瞳を開くと、いつの間にやら隣に姿を現していた、エメラルドグリーンの髪をした妖精の少女に向き直った。
『サリオ・・・・・見てたのか?』
 僅かばかり驚いた表情をして、彼は紫色の隻眼で、まじまじとその少女、サリオ・リリスの可愛らしい顔を見た。
 彼女は、どこか可笑(おか)しそうに言葉を続ける。
『正直に話せばいいのに・・・・・このままだと、あの人、ずっと貴方を恨み続けるわ?』
『・・・・・話したところで、今の彼女が、俺の話を信じるはずないだろ?』
どこか諦めたようにそう言った彼に、サリオは、呆れた顔をして思わずため息をつく。
『・・・本当に貴方は、変なところで諦めが早いんだから・・・仕方ない人ね?』
『・・・・・反論はしないよ、君の言うことは当たってる』
 シルバの言葉に、サリオは、虹色の瞳で真っ直ぐにその精悍な顔を見つめすえると、なにを思ったか、やけに艶やかに微笑んでどこか嬉しそうに彼の腕にしがみついたのだった。
『私は大好きだけどな、そんな貴方が』
 まるで猫がじゃれ付くように綺麗な頬をすり寄せてくる彼女を、何やら困ったような顔をして見つめやると、シルバは再び、その広い肩で小さく吐息した。
 夜の暗闇に支配される深い森の最中を、山脈からの冷たい風が、木々の葉を揺らしながらゆるやかに通り過ぎていく。
 天空の月が淡く照らす夜は、この先に待ち受けていよう波乱の予感を、ただ、暗黙のまま包み込んでいた・・・・
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