神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
     *
 暗い森の木々が、夜風にざわめいている。
 青珠の守り手たる女弓士レダ・アイリアスは、その甘い色香の漂う秀麗な顔を高ぶる感情に苦々しくしかめながら、片手に握った拳で眼前の木の幹を強く叩いた。
 高く結った藍に輝く黒髪が、森を渡る風にゆるやかに揺れてその肩で広がった。
 怒りと憎しみに綺麗な桜色の裸唇を振わせ、彼女は、握った拳を開いて紅の両眼を押さえると、溢れ出しそうになる涙をこらえるように強く瞼を閉じたのである。
 そんな彼女の足元に、高い木の枝から、足音もなく青い魔豹が飛び降りてくる。
金色の眼光でゆっくりとそんな彼女を見上げると、青珠の森のもう一人の守り手、リューインダイルは、静かな口調で言うのだった。
『・・・・・レダ、憎しみにその身を窶(やつ)すのはもうよせ・・・・
言ったはずだ・・・あの者には勝てないと・・・・あの者は強者(きょうじゃ)だ・・・もしかすると、そなた以上に過酷な思いをして生きてきただろう男だ。
あの落ち着きをみれば、そなたとてわかるだろう・・・・?』
 リューインダイルは、サリオ同様、この森のどこかしらから、先程のやり取りをじっと見ていたのだろう。
 あえて止めに入らなかったのは、恐らく、彼女が彼を射つことが出来ないだろう事を確信していたからかもしれない。
 その命をかけて、幾多の激しい戦いを生き抜いてきただろう彼の戦人(いくさびと)としての潔(いさぎよ)さを、リューインダイルは心の奥で理解している。
 そして、レダが抱えた心の傷もその闇も、青珠の魔豹はよく解っていた。
 三年前、身も心も打ちひしがれ、まるで亡者のような顔つきで『青の湖(アルク・ラン・アビ)』にその身投げた彼女を救ったのは、他でもない、この青き魔豹リューインダイルなのである。
< 82 / 198 >

この作品をシェア

pagetop