神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
 父を亡くしてから、彼女は、帰る家すら失い、父の友人と名乗った男に引き取られたのだが、その美しさゆえか奴隷に売られてしまった。
 そこからの生活がどんなものであったか、彼女は語らない・・・いや、余りにも過酷過ぎる日々のことを冷静に語ることが、彼女にはできないのだ。
 ただ、彼女を守ってくれていただろう父を奪った、あの名も知らぬ隻眼の少年を恨むことでしか生きてこれなかった・・・そんな彼女の素性を、リューインダイルはよく知っている。
 それが・・・・どんな因果か、こんな奇妙な形で仇(あだ)と憎んだその少年の成長した姿と、妖精の森の守り手同士として対峙することになろうとは・・・・
 運命の女神は、実に酷なことをする・・・
 リューインダイルは、こちらに振り返ることのないレダを、ただ、その金色の眼差しで真っ直ぐに見つめやるばかりであった。
 森を渡る風が、木々の葉を揺らしてざわめいている。
 運命の女神が紡ぎ出す数奇な糸は、既に、ゆっくりと時の車を回し始めていた・・・
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