神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
 その瞳に囚われた者は、神秘の眼差しの虜になり、その運命さえも変えられてしまうと言い伝えられる、彼の持つ異形の瞳。
 軽い眩暈にも似た感覚に襲われて、リーヤは、上質の絹で織られた緋色のマントを羽織る肩を僅かに揺らした。
 そんな彼女に気付いているのかいないのか、ジェスターは、再び、異形の緑の眼差しを朽ち果てた街の遺跡に戻すと、鮮やかな朱の衣を翻し、ゆっくりとその足を古の街の遺跡へと向けたのだった。
「・・・・・着いて来い」
「何をするのです?」
「来ればわかる」
 怪訝そうな顔つきをするリーヤが、緋色のマントと紺碧色の巻き髪を砂混じりの風に揺らして、背鞘に金色の大剣を負ったジェスターの朱の衣を足早に追いかけていく。
 足元に絡みつく象牙色の砂を蹴りながら、朽ち果てた街の遺跡に足を踏み入れると、魔法を司る者ではないリーヤティアにも、得体の知れぬ奇妙で不思議な気配が、その体に確実に触れてきた。
 足元の砂から沸き立つように吹き上がる、熱くもあり冷たくもあり、神々しくも禍々しい、優しくも険しい、相反する二つの得体の知れぬ何かが、彼女のしなやかな四肢を撫でるように通り過ぎていく。
「・・・・一体、何なのです・・・?この地のこの奇妙な・・・・」
 綺麗な眉を眉間に寄せ、どこか鋭い視線でジェスターの背中を見つめたまま、リーヤティアは彼に聞いた。
 しかし、そんな彼女に振り返る事もなく、いつもなら、またあの無粋な口調で何かを言っていよう彼が、低めた声で淡々として言うのである。
「これがこの地に蓄えられたアーシェの力だ・・・・・・お前、自分の身は自分で守ると言ったな?」
「言いました」
「その言葉、忘れるなよ」
「・・・・・どういう意味です?貴方は、一体何が言いたいのですか?」
「すぐにわかる・・・・・」
 そう言った彼の片手が、ふと、朱の衣を纏う左胸を押さえた。
 砂混じりの風に揺れる見事な栗毛の髪の下で、焼け付くような苦痛にしかめられたその表情を、リーヤからは伺い知ることは出来ない。
 そんな素振りも、彼は一切彼女には見せない。
 大きく肩で息をついて、燃えるような鮮やかな緑玉の瞳を細めると、彼は、砂に埋もれ、荒れ果てた街の丁度中心に位置する場所にある、神殿であった場所へと足を踏み入れたのだった。
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