神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
 かつては、荘厳(そうごん)で豪華であっただろう朽ち果てたアーシェの神殿は、今やその石作りの天井すら抜け落ち、ただ、瓦礫と砂に埋もれた廃墟と化していた。
だが、象牙色の砂に覆われ、崩れそうな数本の柱が残るだけの石の床に、たった一箇所だけ、砂に侵食されていない奇妙な場所があった。
 その傍らに立ち、リーヤは、そこに刻まれている紋章を目にして、秀麗な顔を怪訝そうな表情に歪めたのである。
 砂の侵食を拒むような白い床に刻まれた、その炎を纏う獅子の紋章は、呪われた一族と歴史書に名を残すアーシェ一族の紋章に相違ない・・・・。
 彼女は、晴れ渡る空の色を宿した両眼を、ふと、隣に立っているジェスターの端正な横顔に向けた。
 ロータスの一族と並び、膨大な魔力を司る大魔法使い(ラージ・ウァスラム)を生み出したアーシェの一族は、400年前、一族から反逆者を出したがために、この地を棄てざるを得なかった・・・。
 鋭い無表情をしたまま無言で、炎の獅子の紋章を見つめている彼の顔を、殊更怪訝そうに覗き込みながら、リーヤは何かを言おうと桜色の唇を開きかけた。
 その時、ふと、そんな彼の右の掌(てのひら)が、紋章の上へとかざされたのである。
 とたん、そこに刻まれた紋章が、にわかに朱(あか)く眩い閃光を放ち、轟音と共にゆるやかに振動すると、アーシェ一族のその首長の血族にしか開くの出来ない神殿の隠し扉が、白い石の床を滑るようにゆっくりと左右に開いたのである。
「これは・・・・・!?」
 驚愕したように、紺碧色の両目を大きく見開いたリーヤの目の前を、朱の衣がゆっくりと通り過ぎていく。
 太陽の光に金色に輝く見事な栗毛の髪が、荒野を渡る風に乱舞した。
 開いた床の暗闇に浮かび上がる、地下の奥へと通じるだろう白く輝く長い隠し階段。
 太陽の光すら届かぬような薄暗い闇の地下へ向かって、何をも語らぬままのジェスターが足を進めていく。
 リーヤは、いつになく無口な彼の背中を、どこか戸惑ったような顔つきをしながらも、足早に追いかけて行った。
< 87 / 198 >

この作品をシェア

pagetop