神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
 ジェスターは、松明の明かりに照らし出される見事の栗毛の下で、鮮やかな緑の瞳を細めると、その凛々しい唇で小さく微笑したのである。
「本当に・・・・大したじゃじゃ馬だ・・・・あの姫君は」
 その呟きと同時に、彼の端正な顔が、この地に足を踏み入れてからずっとその体に絡み付いてくる、焼けるような激しい苦痛に歪められた。
 片手で左胸を押さえた姿勢で、その長身がぐらりと揺らぐ。
 思わず、背後の壁に背中をもたれかけると、形の良い眉を眉間に寄せて、彼は、ずるずると滑り落ちるようにその場に座り込んだ。
「・・・・・・まったく、厄介な呪いをかけやがって・・・・・・っ!」
 彼がアーシェの血筋の者でなかったら、間違いなく、その強力な呪文の効力に、今ごろ四肢を引きちぎられていただろう・・・
 このアシェ・ギヴィシムの地は、アーシェ一族の紡いだ魔法を更に強固な物とする土地柄だ、彼にかけられているアーシェの大魔法使いの呪文が、殊更その効力を発揮しているのであろう。
 ロータスの一族すら扱う事の出来ない、禁忌と言われる強力なその呪文・・・・本来なら、彼を生かすためにかけられたそれは、この地ではむしろ彼を酷い苦痛へと導くことになる。
 この呪いとも言うべき呪文が解ける時には、恐らく、あの魔王と呼ばれる青年はこの世から消滅するはずだ・・・
 そして、その時は・・・・・・
 朱の衣を纏った広い肩で、乱れる呼吸を整えるように大きく息を吐くと、ジェスターは、焼け付くようなその激しい痛みに眉根を寄せたまま、松明の炎が煌々と揺れる天井を仰いで、静かに、燃えるような鮮やかな緑の両眼を閉じたのだった・・・・
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