神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
 揺らめく紅蓮の焔(ほむら)が、天井を突き抜けるようにみるみる大きく伸び上がり、爆炎の火柱となってオルトランの体を覆い尽くしていく。
 リーヤは、ハッと緋色のマントを翻して素早く後方に飛び退った。
 紺碧色の前髪の下で、綺麗な眉根が眉間に寄り、秀麗な顔が凛と厳(いかめ)しい表情に引き締められる。
 利き手の剣を前に構えた瞬間、彼女の聴覚に、再びオルトランの声が響き渡ってきたのだった。
『【鍵】たる者よ、そなたに真実の眼があれば、さも容易に【糧】を得られる・・・・』
 その次の刹那。
 眼前で爆炎の火柱となり古の魔法使いオルトランを飲み込んだ『無の三日月』は、急激に炎の獅子の姿を形作り、鋭い咆哮(ほうこう)を上げると、赤い牙を剥き出しにしながら炎の鬣(たてがみ)を揺らして、彼女の方へと向かい虚空を舞ったのである。
 ほの暗い空間に、朱の火の粉が舞い踊る。
 剥き出しにされた炎の獅子の鋭利な赤い牙が、容赦もなしに彼女の綺麗な首筋を噛み砕かんと宙を裂く。
 リーヤは、素早くその身を翻すと、どこか戸惑ったような、しかし鋭利な表情で思わず叫んだのだった。
「オルトラン!!これは一体どういうことなのです!!?」
 彼女の言葉に、彼は答えない。
 その代わり、虚空で身を反転させた炎の獅子が、強烈な閃光を放ってその爪をリーヤに振りかざしたのだった。
 唸りをあげる湾曲した赤い爪が、彼女の四肢を薙ぎ払わんと、閃光の赤い帯をひく。
「くっ・・・・!!」
 リーヤは、紺碧色の瞳を鋭利に細めると、意を決したようにそのしなやかな手首を翻したのだった。
 鋭い剣の切っ先が、虚空に閃光の弧を描き、眼前まで迫った獰猛な赤い爪を真っ向から弾き返す。
 火の粉を飛び散らせながら、炎の魔獣はリーヤの頭上を舞って彼女の後方へと音もなく降り立った。
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