神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
 鋭い唸り声を上げて、間髪入れずに、赤き炎魔獅子はその身を宙に躍らせる。
 紺碧色の髪が虚空に棚引き、強く鋭い表情をしたまま、リタ・メタリカの美しき姫君が、鋼の剣を構えたままブーツの爪先で白い床を蹴った。
 踊りかかる獅子の爪を翻した刃で弾き、そのまま、横に飛び退くと、恐れもせずに、迅速でしなやかにその手首を翻したのだった。
 空を薙ぐ鋭利な閃光の弧が、宙を舞う獅子のわき腹を一気に引き裂いた。
 閃光と共に炎が揺らめき、獅子はもんどり打って床に転がった。
しかし、どういう訳だろう・・・確実に魔物を薙いだはずなのに、彼女の手には、その感覚がまったく残らないのだ。
「・・・これは、どういう所業なのですか!?オルトラン!!」
 一抹の奇妙な感覚を感じながらも、鋭くそう言い放ったリーヤに、尚も、古の魔法使いは答えてこない。
 それどころか、もんどりうった獅子は、殊更激しい咆哮を上げて起き上がると、獰猛に赤い牙を剥いて、強い表情のリーヤに向き直ったのだった。
 その時既に、獅子のわき腹の傷は消えている。
「・・・このっ!!」
 凛と厳(いかめ)しく輝く紺碧色の両眼が、揺れる前髪の下で炎の魔獣を睨みすえた。
 低い咆哮を上げると、炎の獅子は、そんな彼女に向かって再びその身を躍らせたのである。
 空を切り裂く赤い爪が、容赦もなしに彼女の首筋を狙って踊り来る。
 緋色のマントを翻して、真っ向から魔物に剣を振りかざした彼女の両眼に、ふと、咆哮を上げて宙を舞う獅子の腹に揺らめき立つ、光り煌(きらめ)く何かが映り込んだのだった。
「!?」
 迅速で鋭い爪を、真っ向から剣で弾き返すと、宙で身を反転させた獅子が床に着地し、爪で床を叩きながら高い雄叫びを上げた。
 この魔物・・・何かおかしい・・・
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