神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
 先ほど、その脇腹を薙いだ時もそうであったが、振りかざされる爪を弾いた時に、本来なら確実に伝わってくるだろう衝撃が、まったくリーヤの腕に残らないのだ・・・
 これは、一体どういうことなのだろう?
 凛と鋭い表情で眼前の炎の魔獣を睨みすえながら、リーヤは、一瞬思案した。
 斬っても傷を与えられないとしたら・・・どうやってこの魔物を倒せばいいのか・・・
 その前に、何故、攻撃を弾き返した時に、あの特有の感覚が腕に残らないのだろう・・・
 ふと、そんな彼女の脳裏に先ほど、オルトランが口にした言葉が過(よ)ぎっていく。
~ 【鍵】たる者よ、そなたに真実の眼があれば、さも用意に【糧】を得られる・・・・
 真実の眼・・・・
 揺らめき立つ炎の鬣(たてがみ)を虚空に乱舞させて、その鋭利な爪を煌かせながら、獰猛な炎の魔獣が容赦なくリーヤに襲いかかってくる。
 素早く横にそのしなやかな肢体を翻すと、棚引く緋色のマントの影から、再び、獅子の腹に在るだろう煌く何かが彼女の強い紺碧色の瞳に飛び込んでくる。
 あれは・・・何!?
 艶やかな紺碧色の髪を躍らせて、リーヤは再び白い床を蹴った。
 翻される細身の剣(レイピア)の切っ先が、恐れも知らずに炎の獅子に向かって翻される。
「ったあぁぁぁ―――――っ!!」
 甲高い音がほの暗い空間に響き渡り、赤い火の粉を飛び散らせた魔獣の牙が、彼女の剣を真っ向から噛み止めた。
「このっ!!」
 強い表情をする美しき姫の眼前で、焔(ほむら)を上げる鬣がゆらゆらと揺らいでいる。
 しかし、やはり、こうまでしてもその腕に衝撃が伝わらない。
 それはまるで、幻と戦っているように奇妙な感覚・・・・
幻・・・・
「!?」
 次の瞬間、リーヤは、何かに気が付いたようにハッとその紺碧色の瞳を大きく見開いたのだった。
 真実の眼・・・・そう・・・そう言う意味なのですね・・・!!
 リーヤは、何を思ったか、握り締めていた細身の剣からその手を離した。
 鋭い牙で鋼の剣を絡め取った炎の獅子が、そのまま、一気にリーヤの体に踊りかかる。
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