神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
「来るなら来なさい!!私は逃げる気などありません!!」
 上半身をもたげて、大きく赤い爪をかざした魔獣を真っ直ぐに睨み据えて、リーヤは大きくそう叫んだ。
 赤い炎が虚空に乱舞する。
 迫り来る湾曲した鋭利な爪。
 しかし、リーヤは怯まない。
 その凛と強く鋭い表情が、彼女の秀麗な顔を鮮やかに彩るばかり。
 迫った魔獣の爪が、にわかに彼女のしなやかな肢体に到達する。
だが、その白い肌に少しの傷をつける事も無く、湾曲した赤い爪は彼女の体をするりとすり抜けていった。
 鋭く歪められたリーヤの紺碧色の両眼に、獅子の腹の奇妙な輝きが飛び込んでくる。
 リーヤは、躊躇うことなく両腕を伸ばすと、彼女の体をすり抜けようとする炎の獅子の腹にあるそれを掴んだのだった。
 その指先に確実に伝わってくる、三日月型をした短剣の感触。
 次の刹那。
 魔獅子の体が破裂するように千々に弾け、縦横無尽に飛び散る赤き炎が、艶やかな彼女の紺碧色の髪を、まるで降り落ちる朱の雪のように煌びやかに彩った。
 彼女の掴んでいる短剣が、その掌の中で、不意に眩いばかりの朱の閃光を解き放つ。
 じんわりと熱くなる鋭利な刃の温度に、僅かばかり戸惑うが、彼女は、決してそれを手放すことはしなかった。
 解き放たれる眩い閃光に紺碧色の両眼を細め、赤い刃を持つ『無の三日月(マハ・ディーティア)』と名づけられた短剣を胸元に引き寄せると、周囲に乱舞していた光の帯が、ゆっくりとその切っ先に吸い込まれて行ったのである。
 しなやかな外反りを持つ、三日月型の薄く美しい赤き刃。
 未だ鋭い表情で、リタ・メタリカの美しい姫がそれを見つめやった時、カランと二つ、軽い音を立てて、白い床の上に何かが虚空から落下したのである。
 晴れ渡る空を映したようなその瞳が、ふと、その視線を床に落とすと、そこには、先程まで彼女が握っていた剣と、そして、恐らく、この赤い刃を収めるための物であろう、金細工の施された優美な鞘が煌(きらめ)きながら横たわっていたのだった。
「・・・これ、は・・・?」
 その時、怪訝そうに綺麗な眉を潜めたリーヤの耳に、不意に、古のアーシェの大魔法使いオルトランの声が響き渡ってきたのである。

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